2024年4月16日(火)

オトナの教養 週末の一冊

2017年7月7日

――そう考えると、本書の冒頭にも書かれていますが、まさに映画界にとっても、欧米社会にとっても転換期になったわけですね。

藤:冒頭に書いた「転換期」とは政治面と経済面の両面において、特にハリウッドが転換期にあるということです。

 政治面では、多くのハリウッド映画人にとって、大統領選でのトランプ勝利はものすごくショックな出来事でした。オリバー・ストーン監督のようにヒラリー・クリントンをまったく支持しなかったり、クリント・イーストウッドのように元々共和党を支持していたりする人たちもそれなりにいますが、アメリカの映画業界全体ではクリントン支持が目立っていました。

 オリバー・ストーン監督も指摘していますが、映画人個々の思想は別として、ハリウッドは総じて、民主党政権下も共和党政権の時でも、常に「政権寄り」なんです。 

 遡れば、ブッシュ政権が始めたイラク戦争にリアルタイムで反対だと発言した映画人は実はそこまでいませんでした。実際に、イラク開戦の数日後に開かれたアカデミー賞授賞式で、マイケル・ムーア監督が「恥を知れ。ミスター・ブッシュ」と発言しましたが、会場は拍手も上がった一方で、多くのブーイングにも包まれたそうです。

 その後、オバマが大統領選への立候補を表明すると、マット・デイモンやジョージ・クルーニーらが資金集めにも協力して支援しました。オバマ政権下のアカデミー賞授賞式では、ミシェル・オバマ大統領夫人(当時)が作品賞のプレゼンターを務め、副大統領ジョー・バイデン(当時)が招かれたこともありました。

 さらに遡れば、ハリウッドは、マッカーシーの赤狩りを真っ向から否定する態度を取らなかったために、チャップリンはアメリカを事実上追放されましたし、多くの映画人たちが職を失う事態となりました。

 つまり、ハリウッドの映画人たちが政治的な発言をするといっても、全体としては「現政権」にはあまり批判的にならないのが常でした。これだけ巨大な産業ですから、ある程度、政権と距離を近しくしておくのは不可欠な部分もあるのでしょう。たとえば、今や北米に次ぐ世界第2の映画市場となった中国では外国映画の上映枠が決まっているうえ、検閲制度もあります。アメリカ映画の枠を増やしたいと業界は要望してきましたが、2012年の米中映画協議でそれが見事に実現します。その際、当時すでに中国国家主席就任が目されていた習近平・国家副主席と、アメリカのバイデン副大統領が会談しましたが、そのバイデンがその後、授賞式に招かれているわけです。

 しかし、今回のトランプ大統領誕生で、これまでのこうした関係性が大きく崩れました。ハリウッドとしては、政権寄りどころか、いわば「反政権」的な立場に立たされた格好です。

――経済面での転換期とはどういうことでしょうか?

藤:経済面の転換期は、すでに迎えています。ハリウッド映画はかつて、大手スタジオが大規模な予算で、チャレンジングな作品にスター俳優を配し製作していました。しかし、ケーブルテレビやネットフリックスなどの台頭もあって、映画館に足を運ぶ人の数が先進国を中心に頭打ちになり、北米などでは3Dなど付加価値をつけた割高なチケットを売ることで興行収入をある程度増やしつつ、全体としては伸びる新興国の売り上げに頼っている状況です。

 そうしたなかで、昔のようにチャレンジングな作品をつくることができなくなり、リメイクや続編など最大公約数に受けるような「安全」な作品づくりが多くなってしまっています。

――政治面でも経済面でも転換前を代表する作品でおすすめはありますか?

藤:ハリウッドの映画関係者に取材をして、あの時代の映画作りは良かったとよくあがる時代が1970年代です。特に76年に公開された『大統領の陰謀』を挙げる人は多いですね。この映画は、当時大人気だった2大俳優のロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンを配し、ワーナー・ブラザーズが配給しました。ウォーターゲート事件の4年後にまさにその事件を描いた作品を世に出すというチャレンジングなプロジェクトに、2大人気俳優を起用しているわけです。いまだとインディペンデント映画になっている可能性が高いですね。

 この映画はアカデミー作品賞にノミネートされたのですが、受賞には至りませんでした。この時の作品賞受賞作はシルベスター・スタローン主演の『ロッキー』です。当時、無名の俳優だったスタローンは「モハメド・アリ対チャック・ウェプナー」の試合を見てアイデアを思いつき、3日間で脚本を書き上げたと言われています。そうしてスタジオに売り込み、製作されることにはなったのですが、当初、主演はロバート・レッドフォードやアルパチーノのようなスター俳優でいきたいと言われた、と伝えられています。結局、ギャラにはこだわらないからどうしても主演させてくれというスタローンの熱意が勝ったそうです。スタジオはある意味、無名俳優のスタローンに博打を打ったわけです。

 いまだと、リスクを取りたがらないハリウッドで、こういったことはなかなか起きないでしょうね。


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