WEDGE REPORT

2017年7月8日

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武田信晃 (たけだ・のぶあき)

1973年北海道生まれ。新聞社の記者や編集者などを経てジャーナリストとして独立。香港やカナダなどに在住経験あり。

左:返還20周年の記念式典で演説する習近平国家主席
右:固く握手する林鄭月娥行政長官(左)と習主席 (写真・香港政府新聞処)

 7月1日、香港は中国返還20年を迎えた。それに合わせて習近平国家主席が6月29日に来港。「1国2制度」の下、世界の金融都市、経済都市として繁栄してきた一方、政治的には返還前に香港人が恐れてきた「中国化」が進んできた現実がある。2014年の雨傘運動を主導し、「学民の女神」と呼ばれた周庭(アグネス・チョウ)氏と政党「香港衆志(デモシスト)」の秘書長で、マレーシアやタイで拘束された経験もある黄之鋒(ショジュア・ウォン)氏の2人がこのほど来日。2人とも香港返還前年の1996年生まれで、わずか20歳だ。彼らへのインタビューの他、7月1日の民主化を求めるデモの様子、今後の香港の見通しをレポートする。

来日し流暢な日本語でインタビューに応じる周庭(アグネス・チョウ)氏(右)と黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏(左)(写真・WEDGE)

香港の大前提は〝お金を稼ぐ街〟

 香港はここ数年、政治的な都市として注目されているが、香港人は決して政治的な人間ではない。むしろ実利を重視する「商人」であるということを見落としてはならない。香港はイギリスの植民地になってからレッセフェール(自由放任主義)の下、「商人の街」、「ビジネス都市」、「お金を稼ぐ街」という機能を、市民自身が作り出してきた「ボトムアップの街」である(対極にあるのが「開発独裁」と言われるほど「トップダウン」のシンガポール)。香港人には「商売人」の血が流れている。だからこそ、世界中から金の匂いを嗅ぎ付けて多くの人が集まり、世界的にも有数の経済都市となった経緯がある。中国共産党の言葉を借りるなら、お金こそが「核心」である。これを頭に入れておかないと香港人を誤解しかねない。

中国人は嫌いではないが、中国政府は嫌い

 香港人としても、意図せずに政治の街と化しているのは忸怩たる思いがあるだろう。その象徴的な出来事は14年9月に学生たちが中心となって起こした民主化運動「雨傘運動」だ。17年の次期行政長官選挙で、完全普通選挙を実施することを求める運動だったが、当時の主要メンバーである黄之鋒と周庭が来日した。日本のアニメやアイドルが大好きで、独学で身に着けた流暢な日本語を話す周庭に、日本メディアの取材は殺到していた。周庭の日本語能力が、彼らの活動範囲を広げたといえよう。 

 「香港は『1国2制度』ですが、中央政府の締め付けをみると今や『1国1.5制度』という状態です。香港の人権や民主のためには、国際社会の関心や協力が不可欠です。香港はアメリカの政治家や社会運動のメンバーとは交流がありますが、言葉の壁が小さくなった日本の方々とも交流したいと考えています」と黄之鋒は話す。

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