ある成年後見人の手記

2017年8月7日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

 荒れ果てた部屋に「もう、ここ嫌や」と、車いすの由利子が言う。奮起させようと、ソーシャルワーカーの高田が声を上げた。

 「大切な物を回収しましょう。銀行員の名刺が見つかったら、事情を説明しに来てもらいましょう。私たちが証人になります。伯母さんの入院料などの支払いのため、下ろさないといけないって」

 女性の気丈を感じた。堆積物の中から、定額貯金や定期預金の通帳、さらに外貨建て投資信託に関する郵便物、金融機関職員の数々の名刺などなどを回収した。

 その名刺を頼りに、某メガバンクの支店に電話した。

 「口座番号○○○○、松尾由利子の親族の者ですが、本人が倒れて引き下ろせなくなっているので、事情を確認に来ていただきたい」

 だが、人を寄越すどころか、名刺の主も電話口に出さない。法務担当者が「引き出すなら、戸籍謄本を持って来てください。えっ、ご本人の亡くなられた夫の弟の息子さんですか。血縁関係がなければ駄目です」。

 私は「血族に身元を引き受ける者がいなくて、病院が困っているんです。ここに居る本人が預けた金を、この危急時に、どうすれば利用できるか、教えてください」。何の回答もなかった。

頼りにならない弁護士

(iStock.com/takasuu)

 あの名刺群の行員たちは、80歳を超えた由利子の勧誘にどれほど笑顔を振りまいたことか……。怒りを抑え「お立場は、よく分かりました。当方は、専門家の助力を得て法的手段で解決します」と、私は述べた。

 JR神戸駅近くの法律事務所に駆け込み、皆元静香弁護士(仮名)らに委任したのが09年2月19日。

 ソーシャルワーカーの高田の知人から「金融に強い」との評判を聞き、難題をこなすプロ集団と信じていた。由利子の金を由利子のために使えるようにしたいと、すがる思いだった。

 事前の打ち合わせで、手付金23万円を支払い、代理人活動開始ということになっていた。弁護士事務所まで金を持参したが、何を勘違いしたのか13万円しかなく、残り10万円は振り込みに。私のミスだ。初めての体験の連続に、神経が参っている。

 成年後見制度について初めて知った。プライバシーをすべて皆元らに話し、記録に残す。

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