ある成年後見人の手記

2017年8月8日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

 9月7日午前、新任の広末弁護士と臨んだ神戸家裁2回目の調査官面談。家裁から請求されたのは鑑定費はじめ計7万7950円。

 由利子について、「要介護5」との証明書と、診断書は提出済みだったが、偽証罪を視野に入れた「鑑定書」を、診断書を書いたのと同じ医師から求めるというのだ。せめて後見人になるまで支払いを待ってほしい。

 私の当時の年収は1000万円を超えていた。だが住宅ローン返済、息子の学費といった既定支出があり、家計は想定外の出費にもろい。定期預金を崩し、ボーナス期の谷間、顔をこわばらせて消費者金融へ。生まれて初めての体験だった。しかしながら担当者の対応は、銀行や家裁、弁護士よりよほど親切だった。

 由利子をほぼ月1回見舞ってきた。単身暮らす大阪府吹田市から有馬の奥の施設までの片道は、地下鉄とJRを乗り継ぎ710円。施設最寄りへのバス便は少なくタクシーに乗り換え2500円。手土産も含め諸経費は1回1万円超。

 さらに2カ月にほぼ1度、妻、容子を東京から呼び3人で“デート”。息苦しいであろう施設での生活に、せめて“社交”の機会を与えようと思ったからだった。09年5月30日が第1回で、東京から妻を呼び寄せ、タクシーでドライブした。

温泉街を流れる有馬川(iStock.com/paylessimages)

 由利子を妻が持参した思い切り若めの服に着替えさせ、定番となったコースは、まず美容院で身づくろいし口紅を引く。有馬温泉の足湯につかり、両脇を支えカフェバーへ。ビールとワインを少しだけたしなませ、近くの和菓子店で土産を選ばせる。

 美容院で「どんな具合に?」と尋ねられたから「とにかくお客さん気分を味わわせてください」と頼んだ。

 タクシーに乗った由利子は、「六甲はあっちやな。ここ有馬かいな」。道路表示の漢字を読み取る。2時間余りを過ごすと「ありがとう。長生きして良かった」。

 以上のような、後見人になるまでの「見舞い」経費は、先に挙げた80万円余りの立替払いから外した。

 事実上解任した皆元弁護士からは「お見舞いは自由意志です」と言われ、広末も「多額請求では後見人になれません」と釘を刺されていたからだ。

 だが、老いはての人にとり最も必要なのはケアではないか。後見人となる身も、金計算よりもケアにこそ意を用いたい、と思ったものだ。

9カ月も経ってやっと後見人に

 神戸家庭裁判所の家事審判官(一般裁判での裁判官に相当)は09年10月6日、私を由利子の成年後見人とする審判(判決に相当)を下した。

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