ある成年後見人の手記

2017年8月9日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

居酒屋のオヤジの怪

 ところが、帰宅して通帳を開いてみると、09年1月だけで2回計100万円が引き出されており、特に2回目の50万円は由利子が倒れた後の1月30日である。

 誰が引き出し、その使途は何だったのか? また五島が語った30万円の同日中の出入にしても、この時点で救急病院は入院費を請求しておらず、それどころか私が後見人に認定される10月まで支払いを待ってくれた。

 五島の行為についての疑問は、私の胸の中で膨れ上がった。何があったのか、安易な予断は慎むべきである。後見人になり、由利子の資産を管理できる立場を得たら真相を解明しようと、いったんは決意した。

 だが、後見人選任までのさまざまな不条理に遭遇していくにつれ、五島に問いただすという決心は萎えていった。私に、そんな精力は残っていないし、由利子の孤独を少しでも癒してくれただけ、まだしも五島は金融機関や面倒をみない血族などより人間味が感じられるではないか。

8カ月待たされ賃貸解約

(iStock/kadmy)

 2009年12月2日昼前、ごみ回収車3台が、神戸の某市営住宅3号棟の前にやって来た。ここの415号室に由利子が住んでいた。部屋は、昔几帳面であったことが信じられないくらい、衣類や雑貨、ごみが散乱していた。

 写真などわずかの品々をリュックサックに収め、筆者は、東京から呼び寄せた妻・容子と、作業を見守る。運び出されるトイレットペーパーや即席麺の山また山。認知症ゆえの重ね買いか? テーブル、テレビ、冷蔵庫も、どんどん搬出され破砕機が轟音を立てて、かみ砕いていく。命ある人の生活の痕跡が、目の前で消されていく。わずか3時間、私たち夫婦は疲れ果てた。曇り空の寒い日だった。食欲もうせた。

 「出来た人やったが、近年は警察官に連れられ帰宅したことも……。私の死んだ妻も晩年は認知症。最期はみんな一緒や」。轟音を聞きつけ現れた隣家の高年男性が嘆息した。

 3月に、由利子は六甲山を越えた有馬の奥の高齢者保健施設へと、私が移り住ませていた。市営住宅は、由利子にとって戻ることなき「我が家」であった。

 私は、1日も早く市営住宅を契約解除したかった。放置すれば周囲に迷惑がかかる。ほかに借りたいという人もいるだろう。減免措置を受け、家賃は約6000円と低額とはいえ、家賃や公共料金を毎月、由利子の口座から引き落とすことは無駄でもあった。

 しかし、住居の契約解除は「不動産の処分」にあたるため、基本的に本人しかできない。由利子は認知症で判断能力を欠いていたから、代理できるのは成年後見人のみ。後見人選任後に、改めて神戸家裁に賃貸契約解除を申し立て、承認を受けた後ようやく撤収にこぎ着けたのである。

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