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2017年7月26日

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クレア・ベイツ記者、BBCワールド・サービス

3カ月前、シスコ・グラシアさん(54)は全てのダイバーにとっての悪夢のような経験をした。水中洞窟内で酸素がなくなる状態に陥り、生き残るためわずかな空気がある空間に頼った。その状態が最初の数時間から数日たつにつれ、生きている間に発見されないかもしれないと気づいたという。

地質学の教師であるシスコ・グラシアさんは4月15日、スペイン・マヨルカ島でいつものダイビングのため水に入った。グラシアさんはほとんどの週末、島の複雑な水中洞窟網を探索し、その地図を作って過ごしている。

グラシアさんは、「マヨルカは地上よりも水中の方がもっときれいですよ」と話す。

グラシアさんとダイビングのバディ(お互いの安全確認を行うパートナ)のギレム・マスカロさんは、「サ・ピケータ」を探索しようと思っていた。無数の空洞がある迷路のような洞窟で、入り口からの長さは1キロにも及ぶ。2人はそこにたどり着くため、1時間水中を進んだ。

グラシアさんは岩のサンプルを集め、マスカロさんは近くの空洞の地図を作ろうと泳いで離れていった。

2人が地上に戻ろうとした際、いくつかの悪いことが同時に起こった。グラシアさんは、分かれ道でマスカロさんに遭遇し、地面の泥をまき上げたため、周りが見えにくくなった。

その後、自分たちを入り口まで導く細いナイロンのワイヤーが切れたか、外れたと気づいた。

グラシアさんは、「ワイヤーは目印のためです。洞窟に入るとワイヤーを目印として残しておきます。後で再度それに沿って外に出られるようにするためです」と言う。

「想像するしかありませんが、岩がワイヤーの上に落ちたのかもしれません。貴重な1時間を使って、手探りでワイヤーを探そうとしましたが、見つかりませんでした」

その時点で、2人は非常に危険な状態にいた。洞窟への出入りのために持ってきた空気と緊急時のための空気の大半を使っていた。

幸い、グラシアさんは、他のダイバーたちが近くの空洞にある空気が吸える空間について話していたのを思い出した。マスカロさんを引っ張って連れて行き、そこで2人は自分たちにある選択肢を全て話しあった。

2人とも、脱出するための空気が1人分しか残っていないことを分かっていた。

グラシアさんは、「僕が残って、ギレムが助けを求めに行くことにしました。ギレムの方が痩せていて、息をするために必要な酸素の量も少なくて済んだので。また、僕の方が二酸化炭素の濃度が高い洞窟内で呼吸をした経験が多くありました」と振り返る。

2人は地図上で、外に出るための代替のより長いルートを計画した。マスカロさんはその一部を目印のないなか進まねばならず、道に迷ってしまう可能性もあった。

「とても霧の深い夜に車を運転しようとするようなものだったでしょう」とグラシアさんは振り返る。

「ギレムは僕だけを置いていくのをためらっていましたが、僕たちにはそれが唯一のチャンスだと分かっていました」

マスカロさんが行ってしまうと、グラシアさんはダイビング器材の大半を脱ぎ、空洞を探索した。長さ約80メートル、幅は約20メートル、水面と天井の間には12メートルの空間があった。

湖の水面の水が飲めることに気づいた。また、大きな平たい岩を見つけ、休息のため水から上がった。

グラシアさんは、明かりがない中でやっていかなければならないと決心した。持っていた3つの懐中電灯のうち、2つはもう明かりがつかず、3つ目は電池が少なくなっていた。

「用を足す時か、きれいな水を飲みに降りていく時にだけ懐中電灯をつけました」

できることはほとんどなく、真っ暗闇の中ただ待ち、救出されるのを望むしかなかった。

グラシアさんは、「何年もダイビングをしたのに、どうしてこうなってしまったんだと自分自身に問いました」と話す。

「最初の7、8時間は、ギレムが脱出できたと思っていたので、希望を持っていました。だけど、時間が経つにつれ、希望を失い始めました。『ギレムは道に迷って死んだ。僕がここにいることは誰も知らない』と思いました」

グラシアさんは地上にいる愛する人たちのことを考え始めた。

「僕には2人の子供がいます。15歳の息子と9歳の娘です。父親を失くすにはあまりにも幼すぎるし、子供たちはどうなるんだろうと思いました」とグラシアさん。

何とか冷静さを保つことができたが、高濃度の二酸化炭素を含む空気で呼吸をする影響が出始めた。私たちが地上で吸う空気に含まれる二酸化炭素の水準は0.04%だが、洞窟内は5%にも上る。

グラシアさんは、「頭が痛くなり始めました。酸素不足で疲れ切っているのに、眠れませんでした。頭がずきずき痛むんです」と話す。

そして意識がおかしくなってきた。

「湖に光が見え、ダイバーが近づく泡の音が聞こえました。でも振り向くと何もない。幻覚だったんです」

グラシアさんは時間の感覚を失ったが、何日も経ったかのように感じた頃、頭上で大きな音が聞こえた。マスカロさんが脱出に成功したことに気づいた。

「最初は救助チームのためにタンクを空気で満たしている音だと思ってました。その後、岩をドリルで貫通しようとしているのだと気づきました。自分を探しているのだと分かって本当に嬉しかった」

しかしその音は止まってしまい、グラシアさんは最悪の時間を過ごした。

「食べ物と空気が尽きるという、ダイバーたちが最も恐れる方法で死ぬんだと思いました。懐中電灯は切れかかってて、暗闇の中で水を取りに行くのは不可能だと分かってました。だから器材を残したところまで泳いでナイフを取りに行くことにしました。せめて最後に、早く死ぬか、ゆっくり死ぬか選べるように」

その直後、グラシアさんはまた泡の音が聞こえた気がした。

「ダイバーの光源のように見えました。どんどん明るくなってきて、また幻覚だと思ったのですが、現実だと気づきました。それでヘルメットが見えたんです」

現れたのは古い友人のベルナト・クラモルさんだった。

「水に飛び込んで彼を抱きしめました。体調はどうかと聞かれ、もう手遅れではないかと恐れていたと言われました」

グラシアさんはマスカロさんが救助の要請に成功したものの、視界不良のため救助に手間取ったことを知った。

その後、救助チームがグラシアさんに食べ物と飲み物を渡そうとドリルで岩に穴をあけようとしたものの(グラシアさんが聞いた音だ)、失敗した。最終的に、1日泥が沈むのを待ってからクラモルさんとバディダイバーのジョン・フレディさんがグラシアさんの元に向かうのに成功した。

しかしグラシアさんの苦しみはここで終わらなかった。クラモルさんは救助チームと連絡を取るためグラシアさんの元を離れなければならなかったのだ。それでも、エネルギー補給のためにブドウ糖が入った袋を残していった。

「洞窟から救助されるのに8時間かかりましたが、とても幸せな8時間でした」とグラシアさんは言う。

グラシアさんは酸素が入った空気を与えられ、ゆっくりと洞窟の入り口まで誘導された。水に入ってから60時間後の4月17日に、地上に戻った。マスカロさんがグラシアさんを待っていた。

「お互い抱き合いましたが、僕がすぐに救急車で運ばれたので、話す時間がありませんでした」

「水から出た直後、疲労が体を襲いました。体温が32度だったので、低体温症の危険がありました。その夜は息を吸うため、純酸素をもらいました」

グラシアさんはこの苦しい体験の間ずっと、感情を抑えていた。

「ダイビングでは、自分の感情を抑制できなければいけません。でも翌日、テレビで大規模な救助活動の報道を観たとき、泣きました。感謝の気持ちでいっぱいになりました」

かろうじて生還したにもかかわらず、グラシアさんはダイビングをやめなかった。この出来事の1カ月後には、サ・ピケータに戻り、自分が長時間閉じ込められていた空洞にも行った。

「洞窟に恨みはありません。洞窟のせいじゃありませんから」とグラシアさん。

グラシアさんは、マヨルカの水中の遺産の地図を引き続き作ると言う。

「僕の子供たちはあまり喜んでいないけど、僕にやめてとは言いません」

「24年間、地中を探検してきました。自分の性分ですね」

(英語記事 Two days in an underwater cave running out of oxygen

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-40714886

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