オトナの教養 週末の一冊

2017年7月28日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 読者は、医師の頭のなかを去来するあれこれを覗き見ながら、「医師が患者さんとどんなふうに”つながり”、必要な情報を得、徴候を見つけ、診断をくだし、適切な検査と処置をおこなうのか」を興味津々追いかける。

 それは、シャーロック・ホームズが謎の依頼人を仔細に観察し、推理をめぐらせるシーンを髣髴させる。あるいは刑事コロンボが、たぐいまれなコミュニケーション力で犯人のふところ深く入り込み、尻尾をつかむ策にも似ている。

 推理ファンなら、18篇の短編推理小説集としても、本書を十分楽しむことができるだろう。

改善すべき点、日本が学ぶべき点

 日本語版には冒頭に、日本とは異なるイギリスの医療制度やGPについての解説文「日本の読者のみなさまに」がついており、本文中にも日本の医療にふれる加筆がある。

 「典型的な午前中の診療時間のあいだにイギリスのひとりのGPが考えていることを正直に、かつ、くわしく述べるつもりだ」とあるとおり、本書を読めば、わずかな時間にGPが取り組まねばならない多様な問題が、手に取るようにわかる。

 と同時に、イギリスのプライマリ・ケア制度の良い点、改善すべき点、日本が学ぶべき点が見えてくる。

 プライマリ・ケアとは、「家庭医・総合診療専門医として特別に訓練を受けたGPが地域の診療所を基盤に形成しているネットワーク」をいう。この制度は、イギリスで医療や保健に割り当てられる予算のたった9%で、医療の90%以上をまかなっているというから、驚きだ。

 プライマリ・ケアを基盤としたイギリスの国営保健サービスの健康指標は、先進国11か国中第1位。とくに、効率のよさ、安全性、アクセスのよさ、協力体制が整ったケア、患者中心のケアの達成度などの評価項目で第1位を獲得したという。

 それを支えているのが、著者のようなGP約4万人なのである。

 「医師の専門がどんどん細分化されるなか、私は自分がジェネラリストであることを心から誇りに思っているし、日々、患者さんの心身すべての健康を診ていることに大きなやりがいを感じている」と、著者は熱く語る。

 <ジェネラリストは、あなたのことを、身体の一部の調子が悪い人だとは考えない――患者さんを丸ごと診ようとするのだ。だからこそ、患者さんのご家族、考え方、既往歴、希望、心配事、すべてに関心をもっている。そして、ゆりかごから墓場まで、患者さんと一緒にずっと旅を続けていく。高齢になるにつれ、長期にわたる複数の慢性的な症状を抱え、何種類もの薬を服用する患者さんが多くなる。そのため患者さんの全体像を把握し、複雑化するいっぽうの医療制度をじょうずに活用できるよう、患者さんを導く者が必要となってくる。>

 そんなGPの「じつにすばらしい仕事」を、正確な医学知識や医療制度などの背景をふまえ、時に愚痴っぽく、しかし決して説教臭くならず、ホロリとさせるヒューマン・ストーリーに仕立てた著者の筆力には脱帽する。

 絵画を観るかのようにページを繰る間、私の頭のなかでの主演(著者グレアム・イーストン医師役)は、映画「レナードの朝」や「パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー」で医師に扮した米国の名優、故ロビン・ウィリアムズであった。

 日本語版監修の葛西龍樹・福島県立医科大学教授(日本プライマリ・ケア連合学会理事)による日本語版解説も丁寧で、ありがたい。イギリスや世界との比較における日本の医療の現状がわかる。

 「GPにはこれからの医療保健制度改革で演ずる『要』の役割がある」という葛西教授の言葉に、期待したい。

 よりよい医療を願う人は、医療の本質とは何かを、本書から学びとるだろう。対話力やコミュニケーション力を磨きたい人、人間力を身につけたい人にもぜひ読んでいただきたい、リアルなヒューマン・ストーリーである。

  
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