2024年4月18日(木)

オトナの教養 週末の一冊

2017年7月28日

――そうしたうつ病を事前に防ごうという動きは日本以外でも見られるのでしょうか?

北中:2000年代に入り、フランスの通信会社オレンジ(旧フランステレコム社)が、国営から民営化に舵を切ると、群発自殺(注:35人が自ら命を絶っている)が起きました。そのうちの1人は会社の駐車場で焼身自殺を図りました。そうした影響もあり、フランスではストレスが原因で精神障害を発症するという論調が芽生えているようです。イタリアではより早く職場のストレスに着目し、個人だけでなく組織のストレスを診断する人たちが、政府によって派遣されていると聞いています。日本でも、ストレスチェックを部門や組織自体の健康診断として使おうとする試みは始まっていますが、まだ試行錯誤の段階のようです。 日本では健康診断が制度化され、政府や企業が各人の健康を監視し、またそれを守る義務を追っています。企業で働く人であれば、集団検診があり、その結果を当然会社に知らせます。こういった制度自体が、医療情報、特に健康に関する情報は医師と患者の間での守秘義務のあるプライバシーとして守られているため、雇用主に伝えることが決して一般的ではない欧米と違うところです。

 ただ、誰もがうつ病を始めとする精神障害に罹るという危機意識は広がり、国家レベルで予防に取り組む動きはあります。なかでも、世界銀行とWHOはDALY(注:障害調整生命年/病的状態、障害、早死により失われた年数を意味した疾病負荷を総合的に示すもの)を用いてうつ病は経済的問題であり、生産性の病であるといった考え方を広めつつあります。それまでWHOは疾病がもたらす影響について死亡率を重視していました。そうなるとマラリアなどが死亡率が高いわけです。しかし、マラリアに感染する地域は、世界的に見ると限られている。

 そこでDALYでは、どの疾病に罹ると、休職や生産性に影響するかを測ったところ、心臓疾患やがんと並び、うつ病が高いことがわかった。そこで、グローバルメンタルヘルス運動を展開します。

 こうした世界的な動きの中で、日本のストレスチェック制度が、今後どういう成果を見せるのかは注目されています。

――出版して2年が経ちました、その間にうつ病をめぐる動きで変化はありましたか?

北中:プロザックがアメリカで発売されて25年後のニューヨーク・タイムズ紙の記事には、「なぜ我々はプロザックに熱狂したのか」ということが書かれていました。精神疾患に限らず、身体疾患でも、新しい治療薬や治療法が登場した当初は、プラセボ効果もあり、非常によく効くことがあります。プロザックの場合も、当初は効き目が良く副作用も少ないという触れ込みで売られました。また、バイオロジカルな言説が台頭したことで、精神病の脱スティグマ化になるとも言われていた。

 しかし、25年以上経った現在、軽症のうつ病患者に対しては、第1の選択肢は抗うつ薬ではなく、精神療法的な治療のほうが効果があるとも言われています。

 ただ、ほとんどの日本の医学部では精神療法を学ぶ環境がない。そのため、精神療法を実践したくてもできないので、抗うつ薬を処方するしかない状況で、抗うつ薬の副作用や慢性化が問題になってしまっている。

 要するに、夢の薬のように一世を風靡したプロザックの幻想からすっかり目が覚めた状態ではないでしょうか。

――90年代頃までの精神科の負のイメージが、2000年代以降のうつ病の流行で、そうした精神医療のイメージが一変し、よりカジュアルなものになったと感じます。

北中:変わりましたね。それまでは統合失調症が精神科の治療の王道でしたが、うつ病へと変化しました。

 うつ病の医療化の功罪はありますが、脱スティグマ化は功の面として非常に大きかったと思います。

  
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