イノベーションの風を読む

2017年7月31日

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川手恭輔 (かわて・きょうすけ)

コンセプトデザイン・サイエンティスト

1990年代から、大手メーカーでインターネットサービスの企画・開発・運用を手がけ、自ら立案したグローバルなサービスを複数立ち上げた経験を持つ。その1つは、サービスのデザインでグッドデザイン賞を受賞した。コンピューターサイエンス関連の翻訳本も多数ある。

 インターネット経済を牽引してきた「4人のギャング」と呼ばれるアップル、グーグル、フェイスブック、アマゾンは、それぞれiPhone、ウェブ検索、SNS(ソーシャルネットワークサービス)、Eコマースという画期的なモノやサービスを提供しました。それらはいずれもプラットフォームであり、その上に新しいエコシステムが生まれて世の中が大きく変化しました。

 確かにアームのチップのシェアは驚異的です。しかし、そのチップを組み込んだモノを考案し、製造し、ばら撒くのは、ソフトバンクではないはずです。そして、そのモノ(IoT)が収集するデータは、ソフトバンクの資産にはなり得ません。「チップを制したものがすべてを制する」からデータを制することができ「データを制したものがすべてを制すると」という孫社長の論理には違和感があります。もちろん、1兆個のモノにアームのチップが組み込まれ、その通信サービスをソフトバンクが提供することになれば、ソフトバンクが膨大な利益を得ることは間違いありません。

 孫社長は「人々の幸せために、新しい時代のテクノロジーに、リスクを恐れずにそこに投資する」と言いました。投資家としてリスクを恐れずに投資することは、これまで孫社長が実践し成功してきたことです。しかし、人工知能やスマートロボットによって、世界をどのように変えて行こうとしているのかが見えないのです。

第3次人工知能ブーム

 人工知能研究の世界的な権威であり、現在はグーグルで技術部門のディレクターを務めるレイ・カーツワイルは、その著書『ポスト・ヒューマン誕生』で、シンギュラリティ(技術的特異点)を「テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうような、来るべき未来のこと」と定義し、それは2045年に到来すると予言しています。

 現在の第3次人工知能ブームは、孫社長が言うようにディープラーニングがキーワードになっています。そしてディープラーニングは、コンピューティングの進化と、多様性とリアルタイム性の高い膨大なデータの収集が可能になったことによって生まれました。しかし、その延長線上には、シンギュラリティは存在しないという意見が体勢を占めているようです。いくらデータを集めて学習させても、シンギュラリティを起こす人工知能が生まれる訳ではありません。

 ディープラーニングによって、音声認識や画像認識などの特定の目的に素晴らしいパフォーマンスを発揮するようになったニューラルネットワークは特化型の人工知能です。ある特化した目的のために人間が用意した環境とデータで学習を行います。さらに学習中も、人間がパラメータを調整して推論の精度を上げて行く必要があります。超知性を身につけたスマートロボットが「みずからが学習し、みずからが賢くなり、みずからが行動する」ためには、みずからが新たな目的を見いだせるようにならなければなりません。

 シンギュラリティが話題になるとき、しばしば、SF映画『ターミネーター』が引き合いに出されます。自我に目覚めたスカイネットという2029年の近未来の人工知能が、自己の存続を脅かす人類を抹殺するという目的のために、アーノルド・シュワルツェネッガー演じるロボット(ターミネーター)を、タイムマシンで現代の世界に送り込みます。第1作では抵抗する人類のリーダーを産むことになる女性を抹殺するという目的を与えられますが、第2作ではスカイネットに抵抗する人間によって、子供時代のリーダーを守るという目的に書き換えられて送られてきます。

 ターミネーターは、スカイネットや人間から目的を与えられます。その目的を達成するための手段は選びません。第2作では、子供時代のリーダーに「人を殺してはいけない」と命令されて従いますが、なぜ殺してはいけないのかを理解した訳ではありません。笑ったりジョークを言ったりするようにもなりますが、それは「笑う」「ジョークを言う」という行動を学習しただけです。

 ターミネーターをつくり出したスカイネットのすべての行動の目的は自己の存続であり、それは人間の生存本能のようなものでしょう。しかし人間は、生存本能だけで行動する訳ではありません。家庭や社会生活のなかで共生するために必要な事柄を学び、感情や理性によって多様な目的を見いだして行動するようになります。データからしか学ぶことができない人工知能が社会性を身につけることはできません。 社会性のない人工知能が、新たな目的を見いだして勝手に行動する危険性は言うまでもありません。

 ボストン・ダイナミクスは、もともと米国防総省向けに軍事用ロボットを開発していました。基調講演で孫社長に紹介された創業者のマーク・レイバート氏は、壇上で4足歩行のロボットSpotMiniのデモを行いましたが、その原型のSpotは、2015年に米国海兵隊の演習に参加しています。グーグルがボストン・ダイナミクスを買収したときには、グーグルの行動規範の冒頭にある「邪悪になるな」という言葉と矛盾しているという批判の声があがりました。

 レイバート氏は、背中に荷物を乗せた4足歩行のロボットが宅配する様子をビデオで紹介しました。シュワルツェネッガーの皮が溶けた後のターミネーターを思わせる、骨格だけのロボットが自由に歩きまわる光景は不気味です。たとえ、可愛い動物やキャラクターの皮を被っていたとしても、それが危険なものでないと信じることができるでしょうか。

 孫社長は「人工知能は、人類を危険にさらすために生まれたのではなく、人類をより幸せにするために生まれたのだと私は信じています」と第三者的に発言しましたが、すべての技術がそうであるように、人工知能が人類を危険にさらすか否かは、それを応用する立場にいる孫社長のような人々に委ねられています。

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