池内恵「中東の眼 世界の眼」

2010年8月24日

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池内 恵 (いけうち・さとし)

東京大学先端科学技術研究センター准教授

1973年、東京都生まれ。東京大学文学部イスラム学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書)で大佛次郎論壇賞、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社)でサントリー学芸賞を受賞した。定期的に発表している現代中東分析は、『アラブ政治の今を読む』(中央公論新社)、『中東 危機の震源を読む』(新潮選書)として刊行されている。書評・エッセー集『書物の運命』(文藝春秋)で毎日書評賞を受賞。「フォーサイト」でも執筆中。

 9月2日に、オバマ大統領の仲介のもと、ワシントンでイスラエルとパレスチナの首脳間での「直接交渉」が開始される。2008年末にイスラエルが大規模にガザ侵攻を行ったことによって停止していた和平交渉を、本格的に再開させようとする試みである。

 直接交渉が和平合意に向けてどの程度の効果があるか、専門家の間では懐疑的な声が支配的である。最短では9月中にも、イスラエルが占領しているヨルダン川西岸への入植地建設が再開されれば、即座に交渉は中断し、非難の応酬、あるいは武力衝突の頻発にさえ陥りかねない。

 それでも一定の期待が寄せられるのは、オバマ政権の強い圧力によって交渉の再開がもたらされた点と、交渉の期限が1年間と限定されている点である。絶対的に有利な立場にあるイスラエルがパレスチナ国家設立に積極的な姿勢を見せない場合、1年の期限後にはオバマ政権による独自の解決策・合意案が強制的に提示される可能性も出てくる。そうなる前に、イスラエルは好条件下での交渉妥結に進むかもしれない。右派のネタニヤフ政権だからこそ強硬派も抑えられるという期待もある。

「入植地」と「中間選挙」 

 なぜこのタイミングでイスラエル・パレスチナの直接交渉が行われ、そこにオバマ大統領が深く肩入れするのだろうか。

 近年の中東和平をめぐっては「9月26日」という日付が関係者の頭の上に常にぶら下がっている状態だった。昨年の11月25日にイスラエルは、ヨルダン川西岸へのユダヤ人入植地建設拡大を10カ月凍結すると発表した。この凍結の期限が9月26日に切れるものと一般に理解されており、これ以降に入植地建設が再開されれば、紛争の再発が予想されていた。9月後半には国連総会が開催され、各国首脳が一般討論演説でニューヨークに集まる。ここでイスラエルとそれを支持する国への非難が高まる状況になれば、対イラン制裁や核不拡散政策に支障をきたす。

 そこで迫ってくるのが、11月2日投票の米中間選挙である。選挙前には特に、強い組織力を持つ親イスラエル・ロビーの要求に真っ向から反する政策を政権は取りにくい。いわば手足を縛られたに等しい制約のある時期に、イスラエル・パレスチナ間の紛争が激化することは、可能な限り中立・公平な立場を維持しようとしているオバマ政権は望まないだろう。

入植地問題を置き去りに

 オバマ政権は就任以来、「ヨルダン川西岸占領地へのユダヤ人入植活動の停止」を強くイスラエル・ネタニヤフ政権に要求してきた。これは昨年6月のカイロ演説中でも強調され、アラブ側の共感を惹きつけた部分だった。

 これをネタニヤフ政権は強硬に突っぱね、一時は米・イスラエル関係に変調をきたすことを危惧されるほどだった。昨年5月と今年3月のネタニヤフ首相との首脳会談では、通常の両国の外交儀礼を踏み越えかねないほど厳しい対応をし、相違を明確にした。

 アッバース・パレスチナ自治政府大統領はこれに力を得て、イスラエルが入植地建設拡大を完全に停止すると宣言することを、和平交渉再開の条件としていた。

7月6日、会談を終えホワイトハウスを出るネタニヤフ首相(中央)とオバマ大統領

 しかし7月6日のネタニヤフ首相との会談では、ネタニヤフ首相が入植地問題で譲歩を行わず、9月26日以降の入植地建設凍結の延長を明言しなかったにもかかわらず、オバマ大統領はネタニヤフ政権の和平への努力を称賛し、関係修復を印象づけた。和平合意に向かわせるためにはイスラエル・ネタニヤフ政権を疎外するのではなく、取り込まなければならないという判断だろう。

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