あの負けがあってこそ

2017年8月4日

»著者プロフィール

 その道場では、テコンドーのスピリットとして『I can do it』と教えられた。

 人間には無限の可能性がある。目標に向かってチャレンジしよう。人間に不可能はない。

 「I can do it(やれば、できる!)」これが、以後岡本の人生の指針になっていった。

 「みんなで『I can do it』と言いながら、練習したことが楽しくて、楽しくて。あの頃は勉強しているときも『I can do it』と言いながら頑張っていました。ほんま、いい教えやなと思ったのです。

 それに『I can do it』なら、21歳の私が今から始めても、世界チャンピオンになれるんじゃないか、『I can do it』と言うからには、自分が世界チャンピオンになって示したいと思うようになったのです」

 目標は世界チャンピオン、夢は自分の道場を持つこと。目指すものが具体的になった。

破門。孤独との闘い

 世界チャンピオンになることと自身の道場を持つことを夢に、岡本は帰国後、神奈川県の道場の門下生となった。しかし……

 「アメリカから帰国して寮生活をしていたのですが、その道場の先生が『(道場の方針として)全日本選手権には選手を出さない。(当時の)日本テコンドー連盟の大会には出場しない』と仰ったんです」

 「全日本選手権に出場できなければ日本代表になることもできないし、世界チャンピオンにチャレンジすることができなくなるということです。それでも先生のお考えなら仕方がないと思って、最初は私も出ないつもりでした」

 しかし、大学卒業後、就職もしないでアルバイトをしながら練習に打ち込んでいるのは、日本代表になって、世界に挑戦したいからであり、オリンピックに出てメダルを獲得したいからである。そのための寮生活であり、練習なのだ。

 岡本は悩んだ末に大阪の実家に戻り、父親にも相談した。

 「『オリンピックに出たくないのか』と返ってきました。私も出たいですよ。大阪の四天王寺中・高校を出て早稲田大学を出たのに、フリーターになってまで頑張っているのはオリンピックに出るためなんです。これで日本代表になれなかったら、何のために頑張ってきたのかという思いが強くなって、自分の気持ちに正直に生きようと全日本選手権に出場したのです。内弟子だったにもかかわらず」

 「すでに大阪に帰っていたこともあって、先生からお叱りのお手紙をいただいて破門になってしまいました」

 その後、大阪で通っていた道場も全日本選手権には出場しない方針を打ち出し、岡本は寄る辺ない身となって、近くの公園でひとりで練習を始めた。

 「破門になって、ひとりになって、練習する相手もなくて、辛くて、苦しい時期が1年くらいありました。お金がないことは辛くもなんともないんです。アルバイトをすればいいだけです」

 「でも、周りの誰からも認められていないわけですから、一生懸命練習しても、良い成績を収めたとしても、誰も喜んでくれない。喜ばれるはずがないと思って虚しい気持ちになっていました。あの1年間は本当に辛かったです」

 「これが私の競技人生最大の負けです。苦しかったこの1年間を乗り越えられたことが、私の人生で大きな自信と経験になったと思っています」

関連記事

新着記事

»もっと見る