WEDGE REPORT

2017年8月6日

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林 智裕 (はやし・ともひろ)

ライター

1979年生まれ。いわき市出身福島市育ち。 シノドス主宰『福島関連デマを撲滅する!』プロジェクト立ち上げメンバー。 『福島第一原発廃炉図鑑(開沼博・編(太田出版)』にてデマ検証コラム執筆。SYNODOS (シノドス) 不定期共同連載中。他、福島TRIP、ダイヤモンドオンライン、第三文明などへも記事を執筆。

 現在でも、たとえばあれだけ甲状腺ガンの多発を印象付ける報道を繰り返しておきながら、一方でそれを否定する国連科学委員会の報告書を中央の一部大手新聞社がほぼ、あるいは全く報道しなかったりと、場合によってはフェイクニュースとも呼べる印象操作がされているケースが見受けられます。 しかしながら、現場や専門家、様々なデータと知見により確立されたそれらの「安全」を、社会はこれまできちんと「安心」へと繋がるよう事実を丁寧に伝えて共有し、「安心」と「安全」の間の壁を壊す努力をしてきたでしょうか。

 具体的にはたとえば、この国連科学委員会報告書は2013年にすでに一度出されていたにも関わらず、テレビ朝日「報道ステーション」では、少なくとも2014、2015、2016年の3年連続で3月11日に合わせて甲状腺ガンの「多発生」を印象付ける放送を、暗いBGMと共に繰り返しています。

 これに対しては環境省も「事実関係に誤解を生ずるおそれもある」と見解を発表しているように、これでは実際の「安全」とは無関係に、風評や偏見・差別の発生を防ぐことはできません。http://www.env.go.jp/chemi/rhm/hodo_1403-1.html

 報道がこのような状況でしたから、社会では多くの人がそれでも甲状腺検査を「念のため」継続することが好ましいと今も思っているかも知れません。しかしそれは、検査をすることでの代償やリスクの大きさが広く知られていないからに他ならないのです。

 このままでは、ほぼ無視できるほど低いリスクを「念のため」の検診や手術をすることで苦しみを逆に深めたり、場合によっては一生薬を飲み続けなければならない子どもを社会が大量に作り出すことになります。

 甲状腺がん検診を「するべきではない」という声は、専門家の中では大きくなっています。なぜそうなるのか。その理由すら社会に共有されていない現状や、それゆえの煽動、稚拙な「議論」そのものでさえ当事者である子供達の心身に大きなダメージを与え続けていることこそが、大きな問題です。

 このように「安全」などの事実や情報が共有されず、あるいは逆に阻害されることで「安心」につながず、そのことがリスクや被害、コストを増大させて問題解決を遅らせてきたケースは後を絶ちませんでした。

福島の漁業者はなぜ処理水放出に反対しているのか

 そうしたケースの一つとして、話を処理水に戻しましょう。去る7月14日には東京電力の川村隆会長が報道各社のインタビューに対して『(東電として)判断はもうしている」と述べ、海に放出する方針を明言した。処理水はトリチウムを含み、第1原発敷地内のタンクに大量に保管されているが、風評被害を懸念する地元の漁業関係者らが海への放出に反対している』(共同通信)との報道がなされ、波紋を拡げました。

 「報道では漁業者が反対している」とされていますが、なぜ反対しているのか詳しく掘り下げた報道は少ないように見えます。

 漁業者の考えや立場はさまざまです。「トリチウムなんて流されたら海が汚染されるからダメだ」「東電のやることは何であろうと信用ならねぇ」という、科学的な事実からは離れてしまっている意見はもちろんあります。これも、今まで受けてきた仕打ちを考えれば無理もありません。

 ただ、福島県民にとって放射線リスクの問題は死活問題でしたので、総じて深く学び知識が豊富な方は珍しくありません。漁業者の中には、処理水を希釈して放出することが汚染を引き起こさず、科学的には「安全」であることは百も承知の人もそれなりにはいます。

 ですから「安全なのは知っている。流さなければならないこともわかる。しかしこっちにきちんと話をふって理解を求めるのがまずは先だろう。何の説明も説得も無しに勝手に進めるな」という話もあれば、同じくトリチウムへの理解があっても一方では逆に「俺に聞くなよ。安全だろうとなんだろうと、俺の立場であれば大丈夫だからどんどん流せなんて言える訳ないだろ?それを決めるのも、(決めた政治的な責任を)背負うのも俺たちじゃない。こっちにふるな」というケースもあります。

 加えて、「いや、汚染されないことなんて知ってるけど。で、俺ら現状ゼロじゃん。それ放出して俺らにメリットあるの?デメリットしかないよね?まずは俺ら漁業者にメリットを提示してから許可を求めるのが筋ってもんでしょ」などの声もあります。一例としてのこれら以外にも、拾い切れていない声はまだまだ沢山あることでしょう。

 このように当事者である漁業者の中でさえも、持っている知識や意見は全くバラバラです。

 さらにそれらの漁業者の中でも一刻も早く漁に戻りたい人もいれば、逆に社会からの理解が全く進まないまま漁の再開ばかりが優先され、補償や復興へのフォローが打ち切られる口実とされることに不安や不信感を感じている人もいます。

 漁業権やお金、科学的な知識、人間関係、政治的な立ち位置や考え方など、さまざまな要素が絡み合うことで様相は非常に複雑となっており、「漁業者の意見」には現状、具体的な代表者を絞ることすら困難です。

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