WEDGE REPORT

2017年8月21日

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児玉 博 (こだま・ひろし)

ジャーナリスト

1959年大分県生まれ。早稲田大学卒業。フリーランスジャーナリストとして、大手総合誌、ビジネス誌で活躍。著書に『日本株式会社の顧問弁護士 村瀬二郎の「二つの祖国」(文春新書)など。

 中国政府にとって、ベトナム人の悪夢は未来の中国人の悪夢なのだ。グアム、サイパンといった第二列島線を米国に押さえられていることは、心理的な圧迫であり、実利的な恐怖なのである。第一列島線を実質的に支配した中国は、それゆえに、第二列島線を支配下に置くことが至上命題なのである。

 ゆえに台湾政府との国交を持つ、パラオはその格好な標的なのだ。

摘発された中国人漁民の正体

 今年1月8日、中国共産党の機関紙「人民日報」は次のような記事を掲載し、米国及び周辺国を挑発してみせた。
 「空母は〝引き籠(こ)もり〟ではない。いずれ必ず第二列島線を越えて、東太平洋に出る」

 この空母とは5年前に就航した「遼寧」のこと。今回、遼寧は母港青島を出航し、東シナ海を南下、台湾をぐるっと回っては南シナ海に姿を見せ、再び青島に向けて北上した。わざわざ第二列島線に言及したのも、中国の至上命題をやり遂げる意思表示に他ならない。

 観光の島、パラオ。日本人が持つパラオのイメージだが、それは一昔前に終わった幻想にすぎない。

写真を拡大 中国人のパラオ訪問が急増 (出所)パラオ政府観光局のデータを基にウェッジ作成

 例えば日本からパラオを訪れる観光客の推移を見ればそれははっきりする。2011年に3万7800人を数えたそれは、昨年は2万9000人余りと1万人以上減った。逆に急増している地域がある。中国だ。同年を比較してみる。11年にわずか1700人だった中国からの観光客は、昨年はおよそ6万5000人。日本人の倍以上の急増ぶりだ。

 だが、中国人観光客の急増ぶりをパラオ政府は諸(もろ)手を上げて歓迎しているわけではない。パラオの人々の脳裏にはある事件が今も鮮明に焼き付けられているからだ。

 事件が起きたのは12年。パラオ海洋警察による中国の違法操業漁船の摘発だった。逃げようとする中国人漁民に対し、発砲した銃弾により中国人が1人死亡した。隣国ミクロネシア連邦にある中国大使館から駆けつけた大使館員の処理により、漁民のために中国政府のチャーター便が用意され、〝日に焼けていない〟漁民らはパラオから逃げ去る。残された中国船籍の小さな漁船には、エンジンが3基も搭載され、船体は通常のファイバー樹脂ではなく、丈夫なアルミ製だった。

 これはなにを物語るか? 違法操業を隠れ蓑とした「海上民兵」なのだろう。スパイ行為に近いことが行われていたのだろうとパラオ政府は今も思っている。

 当時、人民日報はこの事件を取り上げ、台湾政府と国交を持つ、パラオへ観光に行くべきではないとの記事を掲載。一時、観光客は減ったが、ほとぼりが冷めた14年頃から一転、急増する。そして、今やパラオ観光は、中国の富裕層のステータスのように言われている。

 中国漁船の影は今もパラオを脅かしている。パラオの人口のほとんどが密集するコロール島のあちこちに中国漁船で働く漁民のための宿舎のような建物がいくつもある。

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