メイドインニッポン漫遊録 「ひととき」より

2017年8月24日

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いであつし (いで・あつし)

コラムニスト

1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)など。
 

麦わらの産地で引き継がれる職人技

田園風景の中に立つ会社の看板

 岡山県笠岡市は瀬戸内に面した温暖な土地で、潮風と適度な乾燥が良質の麦を育てて、古くから麦わら帽子の生産地として知られている。笠岡駅から車で20分ほど走ると、景色はあたり一面のどかな畑になってくる。カーナビで石田製帽を目指して行くと、どんどん畑の中へと入っていく。本当にこんな場所に会社があるのだろうか? ごめんなさい、ちゃんとありました。畑の中の農道を上った先に「石田製帽」の看板が見えてきた。

 明治30年(1897)の創業以来、長く農作業用の麦わら帽子を製作してきた。しかし平成に入ると安価な中国産に押されて、麦わら帽子の出荷額は最盛期の4分の1に。かつてはこのあたりに70社を超えるほどあった同業者も七分の一にまで減ってしまった。

 石田製帽も状況は同じであった。3代目の石田善照さんは工場を維持するため、品質を重視したおしゃれなストローハットを中心とした帽子メーカーとして会社を立て直す。現在は4人の兄弟妹が4代目を継いで、それぞれが持ち味を生かして会社の経営と広報、帽子のデザインと企画、縫製を担当している。

 若き石田四兄弟妹が帽子作りにおいて一貫して追求していることは、確かな品質と、あくまでもファッションの脇役として装いを引き立てるシンプルかつ美しいフォルム。平成8年(1996)には、幅2・5ミリの極細麦わらを縫製する技術を開発。その繊細で布のような柔らかな被り心地は、従来のストローハットの概念を覆すと業界を驚かせた。

縫製全般と職人の育成を担当している石田四兄弟妹の三男、昌司さん(左)と広報担当の奥様の琴路さん

 ワレワレを出迎えてくれたのは、三男の石田昌司(まさし)さんと広報を担当している奥様の琴路(ことじ)さん。さっそく琴路さんがいくつかパナマハットを用意してくれた。中には20万円もする高価なものもあり、持つのにも緊張してしまう。ちなみにパナマハットの正しい被り方は、両手でブリムの先を軽くつまんで被る。

 「よくクラウン(山の部分)を片手で持って被る方がいますが、それだと形がつぶれてしまいます。ジュリーの影響かしらね(笑)」

 そうそう、沢田研二はパナマハットを片手で持ってサッと投げるんですよね。筆者も時々カラオケで仕草を真似しちゃいます。

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