世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年8月21日

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 ニューヨーク・タイムズ紙のTim Arangoバグダッド支局長が、7月15日付け同紙解説記事で、米国のイラク軍事進攻以来、イランはイラクにおける影響力を増やし、今や、軍事、政治、経済、社会のあらゆる面で圧倒的な影響力を持つに至っている、と述べています。解説記事の要旨は以下の通りです。

(iStock.com/PeterHermesFurian/AlexYustus/kowalska-art)

 米国が14年前、サダム・フセインを倒すためにイラクに侵攻したとき、米国はイラクを中東における民主主義と親西欧体制の要になり得ると考えていた。

 そのため米国は4,500名の人命と1兆ドル以上の犠牲を払った。

 イランは米国のイラク侵攻を、イラクを従属国とする機会と見た。イラクは1980年代にイランに対し、化学兵器を使ったり、塹壕戦をしかけたり、第一次大戦を彷彿とさせるような残忍な戦いをした。イランの思惑は、イラクが二度と脅威とならないようにするとともに、イラクを地域における影響力の拡大の踏み台とすることであった。

 この争いでイランは勝ち、米国は負けた。この3年間、米国はイラクでのISとの戦いに専念していたが、イランは上記の思惑を見失わなかった。

 米国との関係が近過ぎるということでイランから睨まれ失脚したイラクのゼバリ前大蔵大臣は、「イランの影響は絶対的である」と述べた。

 イラクにおけるイランの影響力は、軍事、政治、経済、文化のあらゆる面に及ぶ。

 イラク議会は昨年、シーア派の民兵組織をイラクの治安維持勢力の一部とした。

 マスメディアの分野では、イランの資金で新しいテレビチャネルが作られ、イランがイラクの守護者で米国が悪の侵入者であると宣伝している。

 イラク東部のディアラ県は、2014年ISに占領されたが、イランはディアラ県をイラクからシリア、レバノンに至る回廊として重視した。イランで訓練されたシーア派民兵組織が中心となってISを追放すると、県内のスンニ少数派を追いやり、ディアラ県の支配を固め、シリアの手先と、レバノンのヒズボラへの支援ルートを確保した。

 ディアラは、イランが地政学的目的のためシーア派の台頭、強化を重視しているショーケースといえる。

 イラン革命防衛隊の特殊部隊クッズフォースの指揮者のスレイマニ将軍をはじめ、イランの多くの指導者は1980年代のイラン・イラク戦争が生んだ。イラン・イラク戦争は彼らの心に癒えない傷を残した。イラクを支配しようとのイランの野心は、この傷の遺産である。

 人口の大半がシーア派であるイラク南部で、イランの影響がいたるところでみられる。

 イランは何十年にもわたり、イラク南部の湿地帯を通して砲や爆弾の原料を密取引してきた。湿地帯を通して、イラクの若者がイランに渡って訓練を受け、イラクに戻って戦った。戦う相手は、最初はサダム・フセインで、のちに米国であった。

 イランは軍事力を政治力に転換しようとしており、民兵の指導者は来年の議会選挙を控え、政治組織作りを始めている。

 アバディ首相は困難な立場にいる。イランに対決的と見られる動きや、米国に近寄る動きを示せば、首相の政治的将来が陰りうる。

 クロッカー米元駐イラク大使は、ISを敗北させた後米国がイラクを去れば、イランに行動の自由を与えることになると言った。しかし多くのイラク人は、イランはすでに行動の自由を得ていると述べている。

出典:Tim Arango,‘Iran Dominates in Iraq After U.S. ‘Handed the Country Over’’(New York Times, July 15, 2017)
https://www.nytimes.com/2017/07/15/world/middleeast/iran-iraq-iranian-power.html

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