オトナの教養 週末の一冊

2017年8月25日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 本書を読むと、同時代を生きた偉大な思想家や芸術家、科学者たちが、フンボルトからいかに大きな影響を受けたかがわかる。ドイツの詩人ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。アメリカ合衆国大統領トーマス・ジェファーソン。植民地支配から南米を解放したシモン・ボリバル。ウィリアム・ワーズワースとサミュエル・テイラー・コールリッジ。ヘンリー・デイヴィッド・ソローなどなど・・・・・・。

 なかでも、チャールズ・ダーウィンは、「フンボルトの『新大陸赤道地方紀行』ほど、情熱をかき立てられた本はほかにない」と述べている。フンボルトを読まなかったら、かのビーグル号の旅に出ることも、『種の起源』を書くこともなかっただろう、というのだ。

 ダーウィンはビーグル号にフンボルトの『新大陸赤道地方紀行』全7巻を持ち込み、ハンモックの隣の棚に置いていた。本には、鉛筆でびっしりと注釈を残していたという。

 <一八三八年九月、ダーウィンはあらゆる動植物は「複雑な関係性の網(ウェブ)によって結びつけられている」とノートに書いた。これは、フンボルトの「生命の網」を言い換えたものと言えたが、ダーウィンはこれをもう一歩先に進め、すべての生命を生み出す「生命の樹」に変えたのである。>

 「ダーウィンはフンボルトの両肩の上に立っているのである」。著者がこう指摘するように、『種の起源』には、『新大陸赤道地方紀行』に感化され、フンボルトの生き生きとした描写を借用した箇所がある。

 『ビーグル号航海記』(チャールズ・ダーウィン著、荒俣宏訳、平凡社 *過去記事も参照)ファンとしては、ぜひともフンボルトの著作を読んでみたくなった。(本書によると、『新大陸赤道地方紀行』を含む全34巻の『アメリカ旅行記』のほか、『アジアの地質学と気候学』、『中央アジアの山脈と比較気候学』、執筆に20年を費やした全5巻の『コスモス』など、フンボルトの著作は膨大である。)

自由と平等を称え、植民地主義を生涯非難し続けた理由

 本書では、フンボルトの命がけともいえる冒険の旅路につれて、先に述べた人びととの交流が語られる。

 建国間もないアメリカ、植民地支配にあえぐ中南米、革命前後のヨーロッパなど、当時の世界情勢がフンボルトと周囲の人びとをいかに翻弄し、逆に、彼らが世界をいかに動かしたかが生々しく描かれており、息もつかせない。

 作家で詩人のラルフ・ウォルド・エマソンが、フンボルトの目は「自然が彼に与えた望遠鏡であり顕微鏡である」と感嘆したように、彼の目は、植生や山脈の細部を読みとり、相互のつながりを感じとると同時に、自然と人間のあらゆる現象の連鎖を見抜いた。

 「奴隷制、単一栽培、搾取にもとづく植民地が、不公平と悲惨な環境悪化のシステムをつくった」と、フンボルトは気づいた。人為的な原因による環境破壊と気候変動を指摘した最初の科学者こそ、フンボルトであったのだ。

 その目は自然科学のみならず、政治、経済、歴史、芸術、あらゆる分野を俯瞰し、「地球はひとつの生命である」と喝破した。フンボルトが自由と平等を称え、植民地主義を生涯非難し続けたのも、本書を読むと腑に落ちる。

 <同じ科の植物は地理的条件や気候条件によって異なる適応をしても、「共通の科」であることを示す形質を備えている。これと同じように、(中略)あらゆる人間は平等であり、ある人種が別の人種に勝るということはないとフンボルトは述べた。「すべての人間は自由に生きるようにデザインされている」からだった。>

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