2024年4月19日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年9月9日

 本稿で冒頭から、「トロール船」の言葉をカギカッコで括っているのにはワケがある。そもそもトロール船とは、「底引き網漁船」といって、海底近くに棲む魚介をとるもので、漁村で育った筆者には親しみ深いものだ。

 しかし、どう考えても、南シナ海に跋扈していた中国の「トロール船」は、筆者の故郷の漁船や、違法操業するタチの悪い漁船とは根本的に異質な存在である。ふつうの漁船であれば、巡視船への体当たりや、他国の軍艦を取り囲むような芸当ができるはずもない。

 つまり、中国の「トロール船」は、民間人に偽装して軍事的な活動(調査や兵站)を行ない、いざとなれば武装する「海上民兵」だと、昨春の産経新聞の報道も米メディアも伝えている。

 昨夏、筆者は、中国政府のウイグル人に対する弾圧について本サイトに寄稿(リンク記事参照⇒「ウイグル弾圧の実像」 )した際、「兵団」という半業半軍の組織について触れたが、「トロール船」はその海上版といったところと見られる。

 産経新聞の報道(2009年11月4日)では、米国国防総省の報告書の中の「予備軍と中国民兵」という囲み記事を次のとおり引用している。

 『18~35歳までの軍に在籍していない男子は、すべて理論上は民兵組織に所属していることになっている。(中略)戦時には、居住地域で戦争支援に向け動員される。任務・組織性は一定ではなく、コンピューター・ネットワークの作戦・運用にかかわる場合もある』

 つまり、中国では、政府が「非常時」を宣言すれば、1000万人近い若き男子全員が、何らかの役割で戦争に動員されるのである。

いま大事なのは、国民感情か?

 産経新聞が引用した、米国防総省の報告書の抜粋を読みながら、今般の「船長逮捕」の件とそれに続く北京での「抗議デモ」、今春、中国政府が「国防動員法」を成立させた件、さらに5年前の反日キッズらの暴挙、あるいはまた08年春、日本の長野で「フリーチベット」のデモを阻止しようと動員された1000人単位の在日中国人留学生の集団を思い浮かべると、中国政府が一貫して進めて来ていることの本旨が見えてくる。

 一方、米海軍は7月、日本海で韓国海軍と大規模な合同演習を実施した。これに参加していた原子力空母ジョージ・ワシントンはその後、シンガポールやフィリピンに帰港し、南シナ海にも睨みを利かせている。

 南シナ海、尖閣付近、朝鮮半島付近と、アジアの海で米中が“睨み合い”をして見せる最中、日本では「国民感情改善」の報道があったことを一体どう見るべきなのか?

 現在、日中両国政府は、「互いの国民のナショナリズムを刺激せず、戦略的互恵関係を損なわないよう」にとの主旨で、露骨な「談合」モードを保っている。しかし、その談合モードの顔の下で、中国は軍事をも絡めた対日工作を続けている。

 そもそもなぜ、日本では、日中間の「国民感情」のみが特別視されるのか? いい方を換えると、ことさら重要であるかのように扱われるのか? それは、日中の関係はことさら重要なのだと、われわれに思わせたい「力」が働いているからにほかならない。

 隣国である中国との関係は重要――このことに異議はないが、では、なぜ、日中と同等もしくは日中以上に重要とも思われる他国との間での「国民感情」の調査はなぜ、定期的に行なわれ、結果が公表されることがないのか?


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