定年バックパッカー海外放浪記

2017年9月3日

»著者プロフィール
閉じる

高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2016.6.18.~9.14 89日間 総費用18万2000円〈航空券含む〉)

雲海に浮かぶ英国統治時代の面影が残る避暑地シムラー

 6月28日(承前)。前日夕刻Dehradunを出発したローカルバスは午前5時前にシムラーのバス発着所に到着。所要時間約10時間。

 夜行バスとはいえ普通のタタ社製旧式バスであるから座席は鉄製で背もたれは垂直。ほぼ満席で一晩中走り続けてたまに暗闇の中で停車しては地元の人間が乗り降りしていた。しかし慣れとは恐ろしいものでウクライナの青年と最初の1時間ほど雑談した以外は数回目が覚めただけで8時間以上鉄製の座席で寝ていたのである。

 バスを降りて暗闇の中を歩いていると次第に目が慣れてきた。バス停から急勾配の曲がりくねった路地が山の尾根の上まで続いている。見上げると霧の合間に尾根沿いに街灯や家々の灯りが点っている。やたらとタクシーが寄ってくるがお断りした。

シムラーのランドマークであるクライスト・チャーチ(キリスト教会)

 バックパッカー旅ではたとえ豪雨でもタクシーには乗らず歩くことを自分に課している。茶屋で尋ねるとシムラーの中心のクライスト・チャーチまで上り坂が続くが歩いても1時間もかからないという。

尾根伝いに開けたシムラーの街並み

インド人旅行者14人との日帰りバスツアー

 6月29日。シムラーの中心地の名所はイギリス統治時代の劇場やクライスト・チャーチくらいである。シムラーは標高2000mというが、1日中蒸し暑い。時間が十分あるので暇つぶしに日帰りバスツアーに参加。

観光客向けのマジックショー。値段の割に子供騙しでがっかり

 10時半出発というのでバス乗り場に10分前に到着したが誰もいない。そのうち三々五々と観光客が集まっている。10時50分にバスが到着。ガイドが他の客が来るまでしばし待てとアナウンス。結局11時過ぎに全員が揃い出発。40分の遅延だ。自分以外は全員インド人の家族やカップルである。

 リンゴ園が広がる山間部の道を1時間弱ダラダラと走ってゴルフ場の脇に到着。ガイド曰く、インドで最初に作られた由緒あるカントリークラブらしい。ここで12時から1時まで自由時間。クラブの敷地内は立ち入り禁止のため周辺を適当に散歩しろという趣旨らしい。なんの変哲もない林間を歩いているうちに一行はバラバラになった。

集合時間に待っているのはオジサン一人だけ

伝統的な制服を着ている中学生

 見晴らしの良さそうな高台まで登ってぶらぶら歩いて定刻5分前に集合場所に到着。バスがどこに行ったのか見当たらない。1時5分過ぎに2人到着。ほぼ同時にバスも来た。

 1時10分さらにカップルの2人がアイスクリームを食べながら戻ってきた。5分後にさらに2人が悠然と到着。日本人なら定刻に遅れたら小走りで恐縮そうな表情を浮かべて戻ってきて全員に言い訳をするであろうがインドの客人は定刻を気にしていない。

 1時20分頃5人連れの家族がはしゃぎながら到着し平然と着席。この時点でやっとガイドが人数を確認する。ガイドは「3人が戻っていない」とドライバーと相談している。1時半頃バスはゆっくりと発進。ドライバーは3人連れの家族を探しながら低速前進。数分後道端の木陰で休憩している3人を発見してピックアップ。席に着くと3人連れは何もなかったようにおしゃべりに興じていた。他の乗客も無反応であった。

北インドの食堂の定番中の定番、ジャガイモと豆のカレーとライス

 インドではバスでも列車でも数時間の遅延は日常茶飯事である。特に列車は始発でなければ延着が常態化しており5時間の遅延でも乗客が駅員にクレームするような雰囲気がない。観光バスの30分くらいの遅延は問題にもならないということであろうか。

車窓からのゴミのポイ捨ては紳士淑女のたしなみ?

 果樹園やヒマラヤ杉の森林が続く2000~2500メートルの高地を観光バスはゆっくりと走る。高度が上がると多少涼しくなってきて観光気分も盛り上がってきた。とそのとき前の座席のインテリ風の青年が飲み干したペットボトルを勢いよく車窓から放り投げた。

 さらにバナナを食べていた中流階級と思しき中年夫婦の奥方が優雅な仕草でバナナの皮を風任せに放った。子供連れのお母さんは同様にキャラメルの包み紙に別れを告げた。こうしてあちらこちらから車外に不用物が放出されるのであった。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る