2024年4月26日(金)

Wedge REPORT

2017年9月29日

競争環境におけるオーバーコミット

 日本企業にM&Aが定着した過去15年というのは、グローバルで見ればプライベートエクイティファンドが投資のポートフォリオを積み上げた時期である。日本でファンドといえば、「濫用的買収者」のイメージを持つ人がまだ多いが、グローバルでは、リスクマネー供給の重要な担い手として、また事業再生の専門家として認知されている。投資家から資金を集め、業績低迷や事業承継など様々な事情のある企業を買収し、経営陣容を整えて業績を回復し、買収した以上の金額で売却することで投資家に高いリターンをもたらす集団である。

 ファンドは買収後一定期間で必ず売却を行うので、日本企業が海外でM&Aターゲットを探す場合、売り主がファンドのケースが多い。ファンドは投資家に少しでも高いリターンを提供せねばならないため、競争入札方式で売却金額を吊り上げるのが一般的だ。

 M&Aのプロセスにおいて、入念な企業精査(デューデリジェンス、以下DD)の実施、DDをベースにした株式価値算定、売買契約書の内容の吟味は買い手にとって必要不可欠な要素である。しかし売り手にしてみれば、DDの範囲は狭く(期間も短く)、価格は高く、そして売り手に有利なようにドラフトされた契約書に対する修正要求が少ない買い手がありがたい。そして入札という競争環境においては、そのターゲットをどうしても入手したい買い手は、売り手の思うままにDDの範囲を狭め、価格を高く提示し、少しくらい不利な売買条件でも飲んでしまうことが往々にしてある。

 昨今、余剰キャッシュは投資に振り向けろというプレッシャーは強くなっているし、中期経営計画でM&Aを宣言してしまい、その辻褄を合わせるという本末転倒的な企業も存在する。

 そのような状況下でライバル企業が入札に参加していることが分かると、買収に対してオーバーコミットをしてしまうことがある。その結果として高値掴(づか)みをしてしまえば、買った瞬間に減損が発生するリスクを抱えることになるし、不十分なDDでターゲット内の瑕疵(かし)や不正を見抜けないという事態も発生するのである。

 誤った判断をしないために、買い手にもアドバイザーがつくのでは、と考える人も多いだろう。昨今、証券会社系、銀行系、会計会社系、独立系と様々なM&Aアドバイザリー会社が存在し、案件受託にしのぎを削っている。

 実はM&Aにおいては、まず売り手のアドバイザーを目指すのが定石だ。売り手側につけば、売買成立で手数料を入手できるからだ。一方、買い手側に立てば、買い手がまず入札に勝ち、その後に案件が成立して初めて報酬が支払われる。買い手アドバイザーが報酬を得る蓋然(がいぜん)性は、売り手のそれに比べて格段に低いのである。

 無理な買い物であれば、「今回はやめろ」というのがアドバイザーの役割である。しかしアドバイザリー会社の乱立による受託競争の激化、クライアントである企業側がM&A実務に慣れることによって手数料水準が著しく低下しているという現実がある。そんな中、クライアントがオーバーコミットし始めても、矜持(きょうじ)を持って制止するアドバイザーがどれだけいるだろうか。

 競争環境におけるオーバーコミットや、アドバイザーとの潜在的なコンフリクトの存在は、M&Aの失敗に直結する「プロセスの問題」だといえる。


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