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2017年9月15日

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ジョナサン・ヘッド BBC東南アジア特派員

ミャンマー治安部隊の残酷な摘発から逃れようと、西部ラカイン州から多数のロヒンギャが国外に脱出している。それについて、ノーベル賞受賞者で実質的指導者のアウンサンスーチー氏は、テロに対する正当な行動だと政府を擁護しており、スーチー氏への国際的な非難が高まっている。こうした状況で、スーチー氏は20日から始まる国連総会の一般討論を欠席する予定だと明らかになったが、そもそもスーチー氏は実際、国内でどれほどの実権を持っているのだろうか。

アウンサンスーチー氏の正式な肩書は「国家顧問」だ。ミャンマー憲法には、外国籍の配偶者や子供を持つ者の大統領就任を禁じる条項がある。そもそもスーチー氏を念頭において作られたこの禁止条項のため、スーチー氏は現行憲法では大統領になれない。そのため新しい「国家顧問」という役職を、スーチー氏は自ら新設したのだ。

スーチー氏はミャンマーで、圧倒的に人気の高い政治家だ。2015年の総選挙では、国民民主連盟(NLD)を率いて圧勝した。党内と内閣の重要決定のほとんどは、スーチー氏によるもので、外務大臣の地位にも就いている。

ティン・チョー大統領は事実上、スーチー氏に従う立場だ。

ミャンマーでは1962年以降、軍部が様々に形を変えながら政権を掌握し続けた。現行憲法は、その軍事政権が制定したもので、信頼性が疑わしい2008年の国民投票で承認された。当時、NLDもスーチー氏も、この憲法を認めなかった。

軍事政権が掲げていた「規律ある民主主義」において憲法は、軍が指導的立場を維持するための鍵となる要素だった。この憲法の下、軍人は議会で4分の1の議席を保障されている。

軍は、内務省、国防省、国境省という3つの重要省庁を掌握している。よって、警察も軍部の統制下にある。

民主政府を停止できるなど強力な権限を持つ国家防衛安全保障会議(NDSC)についても、メンバー11人のうち、6人は軍が指名する。

上位の文民役職にも多くの軍出身者が就いている。さらに、軍は今でも経済界に大きく関わっている。国防支出は医療予算と教育予算の合計より大きい、国家予算の14%を占める。

軍部とスーチー氏は20年以上にわたり、激しく対立を続けた。同氏は15年間、自宅軟禁されていたほどだ。

総選挙後のアウンサンスーチー氏と軍部は、協力し合う方法を探る必要があった。スーチー氏には国民の信任があり、将軍たちは実権を握っていた。

依然として重要な問題については、意見が対立していた。スーチー氏が望む憲法改正しかり。ミャンマー国境付近で70年前から政府と戦ってきた、さまざまな少数民族武装勢力との和平交渉の進捗しかり。

だが経済改革や成長の必要性、急激に変化する緊張が高まる社会に安定をもたらす必要性については、軍部もスーチー氏も同意見だった(社会の安定について、スーチー氏は「法の支配」という言葉を好んで使う)。

高まる敵意

しかしロヒンギャ問題については、スーチー氏は慎重にことを進める必要がある。ミャンマー世論は、ロヒンギャにほとんど同情していないからだ。

ミャンマー人の多くは、ロヒンギャはミャンマー国民ではなく、バングラデシュからの不法移民だという政府の公式見解に同意している。多くのロヒンギャの家族は何世代も前からミャンマーにいるにもかかわらず。

昨年10月と今年8月に武装勢力の「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)が複数の警察施設を襲撃したことで、世論の敵意はいっそう高まった。

ラカイン州では、地元の仏教徒の敵対心は、ますます強い。仏教徒がベンガル人と呼ぶロヒンギャと、仏教徒の間の紛争のきっかけは、何十年も前にさかのぼる。

仏教を信仰するラカイン族の多くは、自分たちがいずれは少数派になり、そうすれば自分固有のアイデンティティーが破壊されると懸念している。同州地元議会は、ラカイン民族党(ANP)が圧倒的多数で支配する。スーチー氏率いるNLDが支配していない、数少ない地方議会の1つだ。

警察や軍の間でも、仏教徒への共感は強い。警察官の半数近くは仏教徒のラカイン族だ。

バングラデシュとの国境沿いにあるラカイン州北部では軍が実権を握っており、人の往来は厳しく管理されている。

加えて、強力な軍部のトップ、ミン・アウン・フライン国軍司令官は、ロヒンギャにほとんど同情していないと言明している。

独立メディア

フライン将軍は現地で進行中の「掃討」作戦を、1942年にまでさかのぼる問題を終えるために必要なものだと話す。当時は、旧日本軍と英国軍の戦闘で前線が目まぐるしく変わり、ロヒンギャと仏教徒ラカイン族の間で悲惨な争いがあった。

軍は現在、戦いの相手は外国から資金提供を得ているテロ組織だと認識しており、国民の大半も同じ見方だ。

加えて軍部はロヒンギャに対して、他の紛争地域で駆使したのと同じ「4つの分断」戦略を実行しているようだ。食糧・資金・情報・徴兵について反政府勢力の地域的連携を断ち、反政府勢力を支援しているらしいコミュニティーを兵士が破壊し、恐怖に陥れる戦略だ。

メディアも要因の一つだ。ミャンマーでこの5年の間に最も大きく変わったことの中には、新しい独立系メディアの相次ぐ出現と、インターネット利用の激増が含まれる。10年前のミャンマーは、固定電話回線すらほとんどない国だった。

道徳的権威は?

しかしバングラデシュ国内で何が起きているか、あるいはロヒンギャがいかに苦しんでいるかを伝えるメディアは、ほとんどない。その代わりに多くのメディアは、ラカイン州で住む場所を失った仏教徒やヒンズー教徒について詳しく伝えてきた。

ミャンマーではソーシャルメディアも人気だが、その分だけ偽情報やヘイトスピーチがたちまち拡散した。

つまりアウンサンスーチー氏はラカイン州で起きている事態ついて、実際にはほとんど権限を持っていないのだ。そしてロヒンギャ支援を表明しようものなら、ほぼ確実に仏教徒の国家主義者たちの怒りを買うはずだ。

スーチー氏の道徳的権威をもって、ロヒンギャに対する一般市民の偏見を変えられるかは分からない。スーチー氏は、ここは賭けに打って出るべきではないと計算したのだろう。彼女は一度こうと決めたら、非常に頑固なことで知られている。

ラカイン州における軍部の行動について、もしアウンサンスーチー氏が批判しやめさせようとした場合、軍部に排除されてしまう危険はあるだろうか。軍部にその力はある。今の状況では、国民の支持もある程度は得られるかもしれない。

しかし、現在のNLDと軍との権力分割の取り決めはおおむね、軍が2003年に民主化への7段階の行程表を発表した当時から意図していた内容だった。これは念頭におく価値がある。

行程表は発表当時は見せかけに過ぎないと、相手にされなかった。しかし結局、それから14年の間にミャンマーで起きた政治的展開は、行程表にぴったり沿って実現した。2015年総選挙で軍系の政党が大敗しても尚、軍は未だに国内で最強の存在だ。

ただしこれまで違い今の軍部には、アウンサンスーチー氏という隠れ蓑がいる。おかげで軍の行動について国際社会は、軍部ではなくスーチー氏に徹底的な非難を浴びせているのだ。

(英語記事 Rohingya crisis: How much power does Aung San Suu Kyi really have?

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-41276044

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