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2017年9月23日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

ずる賢さ(マリシア)は学べるか

風樹 随分昔の79年に、マラドーナが世界デビューしたワールドユース日本大会で、たまたまスペインチームの通訳をしていました。日本と対戦したときスペインは苦戦してどうにか1対0で勝ちました。スペインの選手も監督も「日本人は技術もあったし、強さもあったけど、経験とずる賢さが足りない」と言っていました。でも、ずる賢さは学べるものでしょうか?

(Ziviani/iStock)

都並 教えるようなことはできないですよね。学ぶべきものでもない。日本のスポーツは文部省、学校主導で、フェアプレイの精神で健やかな心身を作って行くものです。マリシアは奨励するものではない。けれども、知っておく必要があります。ワールドカップでは、そういうことをやられるのだから、防御方法を準備しておくべきです。だから海外のチームと試合する意味がある。自分がやるかどうかは個人の価値観です。この日本では必要ない。

風樹 試合の中で、やられたことはありますか?

都並 さんざんやられましたね。審判がいないところで、殴られるなんて始終です。先ほど話したアルゼンチンの監督パチャメさんがぼくに最初に教えてくれたのは、コーナーキックのときのシャツのつかみ方でしたから。たとえば「コーナーキックを蹴る前、審判はディフェンスとオフェンスの駆け引きを見ているから、手はパーで待っていろ。キッカーが蹴る瞬間にグ―に変えろ」って、そこまで教えられましたからね。

勝利に執着するアルゼンチンサポーター

風樹 アルゼンチンサッカーの精神を具現化しているのは、アトレティコ・マドリード監督のチョーロ(スペイン語ではギャング、泥棒の意味もある)と呼ばれるディエゴ・シメオネですね。98年フランス大会でベッカムを徴発し、わざと蹴らせて退場させ、02年日韓大会ではベッカムがPKを蹴る前に、にやにや笑って握手をもとめたのを思い出します。でも、どんなことをしても勝つという精神を注入されたアトレティコは物凄く強くなった。(参照「アルゼンチンサッカーは憎悪の祭典だった」

都並 日本やブラジルはサッカーをすることが楽しい。でも、アルゼンチン人はサッカーで勝つことが楽しい。勝つことから逆算するから、なんでもありになります。70年代のアルゼンチンは針で太腿を刺したっていいますから。でも、そこまでやったらスポーツにはならない。

風樹 汚い言葉での威嚇とかはどうですか?  2006年のドイツ大会の決勝では、イタリアのマルコ・マテラッツィに侮蔑言葉を浴びせられて、頭突きで仕返しをしたジダンは退場処分になっていますが。

都並 汚い言葉で駆け引きをする、レフリーにイエローを出させる、熱くさせて殴らせる、そんなのはしょっちゅうです。実は、ぼくもやったことがあります。82年にゼロックス・スーパー・サッカーで全日本がマラドーナを擁するボカジュニアズと3試合やったんです。1対1で引き分けた1試合目はマラドーナは本気出していなくて、2試合目は前半2対0で勝っていたので、後半は本気出してきて、3対2で負けました。

 3試合目も是非本気になって欲しかったんで、スペイン語の侮蔑言葉、一番汚いのを覚えてマラドーナに浴びせかけたんです(日本では「お前のかーちゃん出べそ」を越える隠語だがここでは書けない)。そうしたら、今のペルーの代表監督リカルド・ガレカ他3人に囲まれて、ぼくは土下座して謝ったんです。でも、そこまでして本気になってもらいたかったんです。

(一同爆笑)

風樹 マラドーナですが、「彼と話しをしたことがある」というのが南米にいるときにぼくが一番誇りにできることです。

都並 ぼくもマラドーナと戦ったときの写真をもって南米にいく。アルゼンチンなどでは、印籠ですよ。写真見せたら、泣き出すおじさんもいます。ぼくの宝ですよ。宝! 

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