オトナの教養 週末の一冊

2017年9月29日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

 チェルノブイリ原発ツアーに参加した時のこともこの本に書きました。福島とチェルノブイリを「健康影響」というキーワードで結びつけることはできません。福島のほうが比較にならないくらい、はるかに被ばく線量が低いからですね。

 しかし、原発事故で失われたことを考える、あるいは語り方という視点から、チェルノブイリの経験は参考になります。

 ガイドの方は事故当時、どこにいたとか、避難者だったかどうかなどは一切語らず、チェルノブイリ事故の事実と自分の考えを語ってくれました。そこで考えたのは、同時代的な体験をしたかどうかという線引きは意味をなさなくなっているということ。たとえば、戦争体験をしていなければ、わからないことがあるのは事実です。でも、体験していなくてもその歴史を語っていかなければいけないのもまた事実です。

 あの日からのことで言えば、津波や地震を経験したか、原発事故で避難を強いられたなど、どういう体験をしたかを語り継いでいくことは大事です。それと同時に、あなたはどう捉えたかのほうも、これから先は大事になってくると思うんです。

 この本では、未来に向けて語ることが大事だということを「歴史の当事者」という言葉で表現しました。後世へ向けてという一点で「あなたの経験」をいろんな人が語ることができる。

 被災地や被災者という概念を一度解体して、「あの日からの歴史を生きる個人」として捉え直し、語っていくことで、先ほど話した罪悪感などを抱かなくてもよくなるのではないかと思います。

――チェルノブイリには原発が残り、観光ツアーを受け付けている。また日本には原爆ドームがある。震災の痕跡を残すことで学べることはありますか?

石戸:現実のこととして、広島に原爆ドームが残っているからこそ語れることはたくさんありますよね。この先にどう残していくかを考えていく必要はあります。まさに、未来に向けて語るというのはそういうことも含まれています。

――今回、取材に応じてくれたさまざまな人たち、語ることができる人たちに共通している部分はありますか?

石戸:自分の体験を大事にしているし、大切なものとして捉えようとしているところが共通しているのかなと思います。また、他の人たちの話をしません。「私のことを話します」という姿勢が強いですね。僕たちはつい、津波で子供を亡くした方は同じように思っているだろうと考えてしまうわけです。「被災者」とか「子供を亡くした親」という主語で語りがちです。しかし、現実に生きている人は、当然ですが個人によって感じ方や思っていることは違うわけです。

 同じ津波の被害を受けた住民でも、たとえば半壊した校舎を残して欲しいという人もいれば、見ると震災のことを思い出して辛いので取り壊してほしい、すべては残さなくてもいいから少しは残してほしいとさまざまです。

 僕らからすれば同じような被災体験だと思いがちですが、そうではない。その辺のことを彼らはよく知っているからこそ、他の人を代弁するようなことは謹んでいるんだと思うんです。

――どんな人に読んで欲しいですか?

石戸:震災や原発事故の記憶は、いまだに生々しく、心にどこか引っかかっていたり、モヤモヤとしている人は少なくないと思うんです。どう考え、どう言葉にしていいのかわからないんですよね。そういう人に、ぜひ読んでほしいな、と思っています。僕はモヤモヤを肯定したんですよね。明確な答えがない状態に向き合いながら思考し続けることが大事だと思っているからです。

 ウェブで書いた記事を、大きく加筆修正して、書き下ろしもたくさんあります。1本の記事では伝えきれなかったことを、1冊の本で伝えよう思っています。それぞれの人の言っていることがリンクしてくる、響き合ってくるという読書体験も出来るのではないかと思います。そういった体験もぜひ大事にしてほしいですね。

  
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