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2010年9月28日

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 逆に、無線機を隠し持ったソ連のスパイだとされて、日本の警察に逮捕されたこともあった。いずれも、米ソ両国間の緊張が高まっていた時期に起きたことだ。

 アメリカからは取り込み工作を受け、それがためにソ連からはアメリカのスパイだと逮捕され、日本ではソ連のスパイだと疑われる。当然ながらアクショーノフはすべて「シロ」で、今でこそ「『Great spy who’s never caught(誰にも捕まらなかった偉大なスパイ)』という小説でも書こうかな」と笑いを誘うが、「あれはうれしいことではありませんでした」と振り返る語り口の静かさから、当時の怒りを感じとることができる。

 数奇な運命について、心の奥のほうにある気持ちをあまり語らないアクショーノフだが、度重なるスパイの濡れ衣は国家というものに失望を抱かせるに十分だったろうし、もとより国籍もないし、それならば一人の人間として地に足をつけて立っていこうとする決意に至ったとしても、不思議ではなかろう。

 自分も裸の人間だからこそ、患者もまた、人種も国籍も、ましてや財力も名声も関係ない、裸の人間として診ようとするのではないか。アクショーノフが、喜びや楽しさという、温もりある感情によって人とつながることを欲する背景には、こんな人生行路をたどってきたこともあるように思う。

 誰もがうらやむ成功だとか、その結果としてのお金だとかモノだとか、そちらばかりに目が行きがちだ。しかし、アクショーノフの写真を眺めていると、何か美しいものを見ているような気持ちにならないだろうか。そうだとしたらそれは、人間が人間を見る時に、どこを大事にしているかということについての、アクショーノフの純粋な部分を感じとって、ハッとしたからかもしれない。(文中敬称略)

◆WEDGE2010年10月号より

 

 


 

 

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