百年レストラン 「ひととき」より

2017年11月3日

»著者プロフィール
閉じる

菊地武顕 (きくち・たけあき)

1962年、宮城県生まれ。編集者・記者。「E
mma」「女性自身」「週刊文春」「週刊朝日」と、25年以上にわたって週刊誌編集部で働く。著書に『あのメニューが生まれた店』(平凡社)。編書に「日本全国 おいしいものお取り寄せ」(文春文庫)。

 

出前が示す日本経済の浮き沈み

会計は年季の入った算盤で。「結婚して45年になりますが、嫁いだ頃には使われてましたよ」と洋子さん

 高度経済成長期、同店のある南船場は、一大問屋街として活気に溢れていた。

 「当時はね、出前がすごかったんです。どこもかしこも残業残業で、外に食べに出る暇もないほど働いてましたやろ。夕方の5時くらいには、出前に備えて用意をせなあかんかった。それに、地方の業者は朝一番に仕入れるため、夜行で来ましてね。問屋が開くまで待っておった。うちは朝早くから店を開けて、その人たちに休んでもらったわけです」

 だがバブル崩壊後の不景気に、街は一変。

 「もう全滅ですわ。うちが出前を運んだとこ、もう残ってません。駐車場やマンションが増えて、えらい様変わりですよ。20年くらい前に、出前は止めました。日本経済の歴史を、よう見てきたということですなあ(苦笑)」

 そんな中でも変わらないものが、ひとつある。手間暇かけて作りあげる「味」だ。

油揚げは一度に100枚を、3日かけて炊く。3日目に、前回炊いた時の出汁も加えることで味がまろやかになるという 

 きつねうどんについていえば、油揚げは京都錦市場の「近喜(きんき)商店」から仕入れ、菜種油で揚げ直したうえで、2時間かけて油抜きをする。その後、甜菜糖(てんさいとう)、塩、昆布などと1緒に、3日かけて炊く。

 油揚げが程よく吸った甘味が、澄んだ味わいの出汁、もっちりした麺とよく合う。

 「大阪のうどんは、出汁と一緒にいただきます。麺が硬かったら、出汁がつきません。ちょっと柔らかい目で、水分を吸うくらいがいいんです。お揚げと出汁とうどんがうまく合って、きつねうどんなんです」

 その味は、辰一氏の代と変わっていないという。とはいえ芳宏さんは、父から教わったわけではない。そして今、一緒に厨房に立つ息子に、同じことを期待している。

 「僕は親父の背中を見て、覚えました。息子には、聞かれたら教えるけど、僕からいちいち教えることはありません。勝手に勉強してもらわんと、身にはつかへん。質が落ちたら、店が駄目になるだけ。それは本人の問題やからね。自分で考えてやるでしょう」

 職人気質が、伝統の味を引き継ぐのだ。

うさみ亭マツバヤ
<所在地>大阪市中央区南船場3−8−1
大阪市営地下鉄御堂筋線・長堀鶴見緑地線心斎橋駅から徒歩6分
<営業時間>
月曜~木曜:11時~19時LO、金・土曜:11時~19時30分LO
<定休日>日曜・祝日
<問い合わせ先>☎06−6251−3339

写真・伊藤千晴

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。


◆「ひととき」2017年10月号より

関連記事

新着記事

»もっと見る