WEDGE REPORT

2017年10月17日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

キューバ留学とカラカス暴動

 マドゥロは社会主義リーグからキューバに留学し、1986年~87年にかけてハバナにあるニコ・ロペス(Ñico López)共産党スクールでマルクスレーニン主義を学んでいる。このとき、コロンビア、 エクアドル、アルゼンチン、チリ、ウルグアイ、ブラジル、パラグアイなどの左翼系の若者と親交を結んだ。現在もこの学校では同様の教育を中南米の若者に施している。

「社会主義祖国か、死か 打ち勝とう!」 キューバの完全コピー

 一方、原油価格が86年頃から下がり続け、15ドル前後とオイルショック時の半分になってしまった。ベネズエラでは何度も反復される歴史だが、対外債務が増加し、財政赤字に見舞われ、第二次ペレス政権(89年~93)は樹立後すぐに世銀・IMFの構造調整、すなわち当時流行っていた新自由主義のショック療法を受け入れた。ガソリンの値段を2倍、その他の公共料金を急激に上げる計画の全容を国民に公表している。

 たちまち、食糧や衣料などの生活必需品が著しく値上がりした。逆オイルショックである。

 2月26日の夜から、山にへばりついた家々に住むスラム住民がカラカス市内に降りてきた。凄まじい商店略奪を始まった。商店主やその家族を焼き殺すことまでした。ペレスは鎮圧に軍を投入し、300人前後の住民を虐殺している。

 この時、すわ革命かと思い、カラカスのダウンタウンに車で出たマドゥロは、牛肉の足、流行の服を着たマネキン人形、大型テレビ、冷蔵庫などを運び出す老若男女を目撃している(この暴徒の系譜が後にチャべスの中核的な支持者となる)。

 前年に筆者はカラカスに滞在していたが、その頃は、今は煤けて物騒になった市内のサバナグランデは、煌びやかなブランド品が溢れ、土日の朝には遊歩道で人々が優雅にチェスやドミノを楽しんでいた。そこから10分も車で行くとスラムの山並みがあった。

 この年の11月にはベルリンの壁が壊れ、大勢として社会主義の退潮が決定づけられた。ところがその同じ年に新自由主義の悲惨な現実をベネズエラ人は見ていたのである。マドゥロはいぜんとしてこう考えていた。

 「西欧の社会主義は自由や人権の名の下に変質した。ボリシェビキ・レーニンの世界革命を目指して社会主義の赤い旗を振るのだ」

武装隆起のためにメトロバスの運転手になる

 1987年にカラカスの郊外にメトロの路線2が建設されたが、途中3つの駅がまだ結ばれていなかった。その区間はバスが運行されることになった。運転手の公募に申し込んだマドゥロは採用され、10年近く勤務することになる。目的は労働組合運動だった。

 当時の同僚は「もっとも病欠が多く、もっとも事故の多い運転手だった」と回顧している。仕事は、そこそこでオルグ活動と組合活動に専念し、時をみて武装隆起や破壊工作をすることこそが彼の任務だった。

 1992年2月にチャべスがペレス政権に対するクーデターを行うが失敗。犠牲者は市民142人、軍人29人で、チャべス他の首謀者は誰も死んでいない。この時チャべスは初めてテレビに出て国民の前に顔を晒した。マドゥロも初めてチャべスを見知ったはずである。

 同年11月に軍と市民によるクーデターが再び起こった。この時はマドゥロも左翼メンバーとともに武装隆起する予定だった。メトロの地下を辿ってカラカス市内へと移動し、政府の拠点を占拠するという計画だ。だが、裏切り者がいて、武器が入手できなかったという。

 筆者はマドゥロはカラカス暴動のあとで、キューバに呼び戻されたのだろうと推測している。ゲバラやカストロが設立したキューバの諜報機関(G2)の元で、破壊工作や秘密工作を学び、キューバの中枢と親交を結んだはずである。それでなくては、その後の彼の出世は説明がつかない。

 この推測を裏付けるのは、18年間G2に勤務した元分析官の証言である。マイアミに住むキューバ人ジャーナリストのオスカル・スワレスが長いインタビューを行っている。キューバを逃亡した分析官に嘘をつく動機はないだろうから、確度が高い。

 「マドゥロはメトロの仕事で病欠をとって、80年代後半はキューバで生活していた。そのときにカストロらが後ろ盾となった。キューバ政府内ではチャべスよりもマドゥロこそが本命だった。だからその後に外務大臣にもなった。都市破壊活動を仕込まれたのだから、商店略奪の政治利用や学生の弾圧は専門分屋である」

 共産主義者ではないベネズエラ人からみれば、マドゥロは本来国家反逆罪に値する。資本主義を破壊するために経済を悪化させ、商品は配給制として従属する人間を作るのが目的である。だがマドゥロは自分がスパイなどとは思っていまい。

 60年代のチェ・ゲバラと同じで頭の中にはいまだインターナショナルが響き、世界革命を目指しているのだ。もしマドゥロが、チェ・ゲバラのようなイケメンだったら、世界的英雄になっていているのではないか? 

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