個人美術館ものがたり

2010年10月8日

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赤瀬川原平 (あかせがわ・げんぺい)

画家、作家

1937年、神奈川県生まれ。60年代にネオ・ダダイズムなど前衛芸術運動に参加。80年「尾辻克彦」名の『父が消えた』で芥川賞を受賞。『散歩の学校』『昭和の玉手箱』『千利休 無言の前衛』など著書多数。

画家の描く風景画にも似た山容と家並がつづく、
どこか懐かしくて、夢のような小さな町には、美術館らしくない美術館が、
昔からずっとそこにあるようにどっしりと構えていました──。

津和野駅

 津和野というところは、安野光雅美術館が出来たという何かの記事で、その水彩画の風景とともに頭に焼きついた。

 ずいぶん空気のいいところのようだけど、交通の便からなかなか行きにくい。だから空気もいいのだろうけど、と思いながら何年かたった。

 新幹線の新山口駅から、さらに山口線というのが延びて、その先に津和野の駅があった。イメージでは田園と山野だけしかなかったが、来てみると城下町で、とても静かに落着いている。

 美術館は駅のすぐ近くにあった。建物は和風の、外観は酒蔵みたいな、中は昔の学校のような感じのものだ。このたたずまいには、画家本人の意向が強く反映されている。はじめにその話があったとき、安野さんは自分の名を冠した美術館は……、と乗り気ではなかったそうだ。でも年月がたち、郷土の人々や町の要望も強くあり、それならあまり派手にしないで、いわゆる美術館らしくない美術館を、ということで応じることになった。

右の館名文字は安野氏が敬愛してやまない彫刻家の佐藤忠良氏による

 このいきさつからは、安野さんの人柄が浮かび上る。たまに見かける写真はどれもざっくばらんな普段着で、美術館もその感じだ。

 安野さんの画家としての仕事は、かなりゆっくりだ。画家といってしまっていいのかどうか、仕事ではデザイナー、イラストレーター、絵本作家、しかも日本文学全集の編纂者としても知られる。

 安野さんは小学校の先生を長く勤めていた。その前に終戦の年の4月、陸軍船舶兵として召集され、終戦後の9月に復員している。戦中派のぎりぎり最後の世代に入る。絵の方は小、中学校のころから毎日描いていて、教員時代には個展も開いている。

 でも私たちが安野さんを知るのは、やはり出版の世界での仕事だ。40歳を過ぎてから出版社の誘いがあり、はじめて出したのが『ふしぎなえ』という絵本だ。それまでにも本の装丁やいろいろしていたが、この1冊を皮切りに安野さん独自の絵本の世界が始まる。 

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