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2017年11月1日

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大井真理子記者BBCニュース

今年のBBC「100 Women(100人の女性)」の1人に選ばれた伊達公子さんは、アジア人女子テニス選手として初めて世界ランク10位以内に上り詰めた。しかし伊達さんの最大の功績は37歳で現役復帰し、ことし9月に再び引退するまで総仕上げとして10年間プレイし続けたことではないだろうか。

伊達公子さんは日本テニス界の至宝と呼ばれ、1995年には自己最高の世界ランク4位を記録した。それだけに、伊達さんがそのわずか1年後に現役引退を表明したことに、世間は大きな衝撃を受けた。

「テニスが嫌いになったのは世界トップ10が近づいてからです。それまでは、勝てばそれまでの苦労がすべて打ち消されるだけの達成感がありました」

しかし次第に、勝つことが当たり前になり始めた。

「例えば、グランドスラムの2週目に残るのも、自分にとってもメディアにとっても当たり前になっていました。負けるとすごく大きな出来事になってしまって。そういうことに敏感に反応するようになりました」

当時は海外で活躍する日本人アスリートが少なかったこともあり、メディアから大きな注目を浴びるようになった。同じぐらい注目されていた日本人アスリートは、1995年に渡米したプロ野球選手の野茂英雄さんしかいなかった。

「テニスは欧米のスポーツという認識があり、アジア人が勝てるはずがないという空気もありました。今みたいに中国人選手がいたわけでもなかった。また上の選手たちを見てると、色々なものを犠牲にしてでもナンバーワンになるという姿勢が、私にはまだまだ足りないなと思い、メンタルの疲労度が大きくなっていました。気が付くと、小学校の時にあまりにも楽しくて、暇さえあればボールを打っていたような感覚とは大きくかけ離れていました」

25歳で最初に現役を引退した後、伊達さんは人生と結婚生活を満喫した。しかし12年後、現役復帰を決めた。

「1回目の引退をしたときは、もうテニスがすごく嫌いでした。テニスから離れたいと思ってずっと離れていましたが、解説を通してテニスを見たときに、捉え方が変わって、またテニスが楽しい、やりたいなと感じるようになりました」

しかし、復帰後には自分よりも20歳若い選手たちと戦うことになった。

「目がついていかなったんです。ブランクもあるので」と打ち明ける。

けがにも苦しんだものの、伊達さんは現役生活を続行し、「現役最年長選手」記録を破った。2009年には女子テニス協会(WTA)タイトルをとり、最年長から2番目のタイトル獲得者となった。2010年には世界ランク46位になった。

どこかの時点で体力の限界を感じたことはあるか、尋ねてみた。

「限界は何度もあったと思います。でも自分自身がここで線を引けば、限界だとずっと思っていたので。自分の中では限界を作りたくなかった。ぎりぎりのところを攻めていかないと、若い選手たちと当然向き合えませんから」

伊達さんは40代の希望の光とみなされた。何かを達成するのに、年齢で制限してはいけないと教えてくれたのだ。

伊達さんにとって、テニスは再び楽しいものになった。良い結果を出さなくてはというプレッシャーを、もう感じなくなったからだ。

「練習が楽しいし、トレーニングが楽しい。ツアーに行くのも楽しい。すべてにおいて楽しかったですね。あの頃と同じツアーを回っているのに、これだけ180度違う。同じ自分なのに、こんなにも人生変わるのかなというくらい違います」

しかし家庭生活では、新たな戦いに直面していた。

「もともと私はずっと子供がほしかったんです」

実は伊達さんは、母親と同じような専業主婦になりたかったのだ。

「プロを意識するようになってからも、数年はテニスでプロでやってみて、でもどこかの段階で早めに結婚して、専業主婦になりたいと考えていました」

しかし不妊治療を経ても、伊達さんと元夫は子供を授からなかった。これまでとはまったく違うタイプの挑戦だった。

伊達さんが言うには、テニスでは努力すれば結果が出る。もし失敗しても、その失敗から学べば将来の成功につながる。しかし子供はそういう問題ではなかった。

「また現役に復帰するとなったら、子供はできなくなる。自分の性格上、テニスのウェイトが大きくなると、どうしても。テニスもしたいし、子供もほしいというジレンマと戦い、ストレスがすごくたまっていました。今でも女性として子供を産むということに対して、本当に数%とかなり可能性が低くなってきているなかで、捨てきれてないところがないと言ったらうそになります」

しかしアスリートとしては、幸せだと感じている。

「最初のキャリアの時は、世界のナンバー4まで上り詰めることもできて、グランドスラムのセミファイナルという経験もできて、自分としてはやりきった感じがありました。まさか40歳という年齢でトップ50を経験できるとは、考えてもみなかった。誰もが経験できることではないと思います」

「私はテニスコートは人生の縮図みたいなものだと思っています。色々な喜びもあれば、悩むこともあり、落ち込むこともあれば、決断しなければいけない瞬間がたくさん訪れます。2回目のキャリアを楽しみながらできた経験は、他のものには代えられないと思う。それだけのものを与えてもらったテニスに感謝したいし、それだけの時間のなかでサポートしてくれた人たちにも感謝したい。ここまでやってこられた自分自身にも誇りを持ちたいと思います」

今年9月に2度目の引退を表明すると、多くの日本人アスリートが伊達さんに感謝の言葉を送っていた。伊達さんが手本を示してくれたと。最近では、世界を舞台に活躍する日本人アスリートが非常に増えている。伊達さんの長いキャリアは、多くのアスリートに勇気を与えてきたのだ。

国際的に活躍するサッカーの香川真司選手は、ツイッターでこう書いた。「その勇姿が、教えてくれた。年齢はハンデじゃない。経験というアドバンテージなんだ、と」。

(英語記事 Japan's tennis star Kimiko Date on her comeback career

提供元:http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-41813667

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