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2017年11月10日

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崔 碩栄 (チェ・ソギョン)

ジャーナリスト

1972年韓国ソウル生まれ。韓国の大学で日本学を専攻し、1999年渡日。関東地方の国立大学で教育学修士号を取得。日本のミュージカル劇団、IT会社などで日韓の橋渡しをする業務に従事する。現在、フリーライターとして活動、日本に関する紹介記事を中心に雑誌などに寄稿。著書に『韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態』(彩図社刊)、『「反日モンスター」はこうして作られた-狂暴化する韓国人の心の中の怪物〈ケムル〉』(講談社刊)がある。

 私が、この問題について考えるようになったのは、日本の大学で、外国人留学生という立場でキャンパスの中を歩いた経験からだ。日本の大学キャンパスでは民族とか愛国のような言葉を強調する表現を一度も目にしたことがないことから、韓国に来ている外国人留学生たちはどんなふうに感じているのだろうか? 他の国にもこのようなスローガンを掲げている大学があるだろうか? そんな疑問が芽生えたのだ。

 ドイツに留学した経験を持つ韓国の友人にこの疑問をぶつけてみた。ドイツの大学で韓国の大学にあるようなスローガンが掲げられているのを見たことがあるか、と。彼は「ありえない」と首を振りながら答えた。あんなスローガンを掲げたら、極右かナチス追従者だと疑われて、社会問題になる、と。アメリカに留学した経験を持つ知人に聞いてみても答えは同じだった。

 一般社会よりも、思想について自由で寛容だといわれるキャンパスだが、そこですら、ナショナリズムを謳うようなスローガンを掲げたならば、レイシストと見なされることは免れないというのだ。はっきり言えば、韓国の多くの大学が当然のように掲げているスローガンは多くの先進国の常識に照らし合わせれば「非常識」だということだ。

韓国の大学の学生会が掲げているスローガンの例

軍事政権時代の学生運動の痕跡

 このような「非常識な」スローガンは何故韓国の大学で使用され、定着しているのか? 私の考えでは、これらは、長い間、韓国を支配してきた「反共」意識、そして軍事政権に抵抗した学生運動の「歴史」を反映しているのではないかと思う。

 朝鮮戦争以降、北朝鮮に対する嫌悪、つまり、強烈な「反共」意識が韓国社会を支配していた。北朝鮮の侵攻により100万人以上の死傷者が出た韓国の立場とすれば、当然の反応だ。そして、その状況下において北朝鮮に対抗するためには、国民の心を一つにする必要があると掲げられたのが「愛国」であったり「団結」といったスローガンである。

 休戦協定が結ばれた後も、いわゆる冷戦の期間、韓国は軍人出身の大統領が政権を握り続け、「愛国」を語ることは、「善」であり「正義」であった。小学校で毎週月曜日の朝に開かれる朝礼は「愛国朝礼」と呼ばれるほどに、当時それはごく当たり前の光景だったのだ。

 一方で、軍事政権下における弾圧的な雰囲気に、当時の大学生たちは反発した。反共を強調していた軍事政権に反発した大学生による学生運動は、北朝鮮との友好、関係回復、統一を目指す方向へと進んだ。結果、彼らは「民族」を強調し始めた。朝鮮半島を統一する、つまり北朝鮮と一つになるために「民族」の同一性を強調し親密感、同質感をアピールしたのである。同時に、韓国がアメリカ帝国主義の支配下にあるとみる立場からは「解放」といったスローガンが生まれた。

 これらのスローガンは70年代から学生運動が盛り上がりを見せた80年代末までデモが繰り広げる現場に現れた。そしてこれらのスローガンは学生会、そして学校のアイデンティティとして定着、現在まで継承されているのだ。

 実のところ、今の韓国の若者層の間には「民族」や「愛国」を強調することに対して拒否感を持つ者が少なくない。私が残念に思うのは、社会的な風潮はそうであるのに、キャンパスの中のスローガンに対して異議を唱えたり、懸念を示す声がほとんど無いということだ。私が、この問題を大学生たちにぶつけてみると、まず一番に出てくるのが「今まで考えたこともなかった」という反応である。そして、どう思うかと聞いてみると「いわれてみればおかしいですよね」という反応が大部分だ。大学の中にいる「進歩的」だと自称する学生や学者たちもなぜかこの問題には「鈍感」だ。

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