オトナの教養 週末の一冊

2017年11月10日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

 自由主義レジームは、アメリカやイギリスが代表的です。労働組合は集権化されておらず、影響力も乏しかった。使用者を代表する政党と中産階級を代表する政党の間で政権交代が起きた。つまり、マイノリティ層や労働者層の利害が政治に反映されにくかったため、公的福祉の役割が小さく、民間保険などの役割が大きくなったと言えます。

 保守主義レジームは、フランスやドイツが代表的な国です。両国では戦後も伝統的な中間層が残り、それらを代表する中道左派政党や中道右派政党が主に政権を握り、戦後レジームを形成しました。古くはギルドに代表される職業ごとの組合、それから男性が働き女性が家事を担うような男性稼ぎ主型の家族の役割が大きく、国家はそれらを補完する。

 三つめはスウェーデンなどの社会民主主義レジームです。スウェーデンでは、早い時期から労働組合が中央集権化され、使用者との間に協調関係を築きました。こうした制度を背景として社会民主党がほぼ一貫して政権を握り、国民全体がひとつの社会保険制度に加入し、中産階級レベルの生活を保障する手厚い福祉が実現しました。

――その自由主義と保守主義レジームの折衷が日本であると。

田中:労働者と使用者との関係で言えば、日本の労働組合は右派と左派に分裂し、組合の加入率が低いため、使用者団体の力が強い。特に民間の大企業がそうです。日本は、国家が個人の生活を普遍的に支える制度ではないため、公的な福祉の水準は非常に低いのです。

 その代わりに、会社員であれば企業福祉が生活を支える。少し前まで、多くの女性は結婚を機に会社を辞め、家庭に入り、主に夫が稼いだ給与と企業の福利厚生で生活を保障されました。また自営業者であれば、国民年金の給付は低い代わりに、低金利の融資や、税制における優遇など、福祉とは違う形で国からの保護がありました。農家は、米価の維持や補助金などを通じて守られていた。日本では、1980年代まで住む場所や職業、ジェンダーによって、まったく違う生活保障の仕組みがあったのです。

 しかし、90年代以降、グローバル化の圧力のもとで、保護や規制の撤廃、公共事業の削減、非正規雇用の増加など、こうした仕組みが壊れてきた。本来ならば、それまで公的福祉を代替してきた制度に代えて、人々の生活を国がどこまで福祉で支え、どこから市場に任せるかを議論しなければいけなかったのに、怠ってしまった。そうしたなかで、職業、ジェンダー、正規や非正規などの線引きが浮上し、違う立場の人たちに対して不信の目を向け、互いにバッシングしあうようになってしまった。

 政治的な経緯としては、55年体制が確立して以降、社会党などの左派が普遍主義的な制度を求めたのに対応して、与党の自民党は国民皆保険や国民皆年金を約束しましたが、それ以上の具体的な制度設計はありませんでした。そこで当時の厚生官僚が、給付水準も給付期間も異なるさまざまな制度を寄せ集め、限られた予算のなかで1959年に国民皆保険を、61年に国民皆年金を実現させました。

 制度的には、職域ごとに分かれた制度や家族の役割の大きさを考えると、ドイツやフランスに近いですね。ただし福祉の水準を見ればアメリカなど自由主義レジームに近い。

――しかし、いままでお話していただいた自由主義レジーム、保護主義レジーム、日本のような折衷型のレジームにしても、グローバル化とともに変化を迫られるわけですね。

田中:第2次世界対戦後の福祉国家を支えてきたのは、「フォーディズム」と「ブレトンウッズ体制」でした。「フォーディズム」とは、再分配政策によって需要を喚起する国内の政治経済の仕組み、「ブレトンウッズ体制」とは、国際的な自由貿易の推進、固定相場制、世界銀行の組み合わせを指します。この2つの枠組みを各国が共有することで、経済成長と分配政策を両立させていたのです。

 しかし、オイルショックとグローバル化を機にこの2つの条件が崩れ、福祉国家の再編が始まった。ただ、福祉に対する支持が失われたかといえば、そんなことはありません。人々は福祉があることを前提に人生設計をしているわけですから。ただ、グローバル化という条件とうまく折り合いをつけながら、新しい福祉を構築していく必要がある。それは現在も続いていて、政治の役割が非常に重要になるわけです。

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