ネット炎上のかけらを拾いに

2017年11月18日

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 冒頭で述べた「ほしいものリスト」をネット上で公開して、知人以外からプレゼントを贈られるのは“ファン”がいる人だけだ。ネット上では情報商材を販売するブロガーや、プチ有名人も多いが、彼ら彼女らが商売できているのは一握りの“熱狂的信者”に高額で商材を売りつけるからで、信者以外からは割と白い眼で見られている。その白い眼を気にしないで、ファンに媚び続けられるのはある種の才能だ。

 要するに、ファンもいない状態からの、個人的な資金調達はキツい。よっぽど策がない限り無理だ。ここでいう「策」とは、人から好かれるための「媚び」と言い換えられる。

 単位が残ってバイトもできないようなだらしない大学生でも、何のスキルもなくても、もう少し好かれる文章は書けなかったものか。「子供が生まれてくることが楽しみで、嬉しくて仕方がありません」「決して裕福な暮らしは約束できないけれど、いっぱい笑顔にしてあげたいです」と書いた後での、「(僕は)毎月のように買っていた服も、大好きなゲームもやめました」という一行。「子どもか!」というツッコミが喉元までこみ上げる。この一文を書くなら「子どもが子どもを産むな!」のツッコミを予想して先にボケておく。それくらいのあざとさは欲しい。

 どこかのブロガーの二番煎じのような文章しか書けないから、「学生結婚で出産費用が足りない」というちょっとしたニュース性だけを売りに押し切ろうとしているのでは。むしろ本当に欲しいのは出産費用ではなくネット上の注目なのでは。そんな風に思えてしまってちょっと心が動かない。「下書き」の段階でいったん公開して意見を募るのも保険かけてる感じだが、資金を入れてくれる人がゼロの状態で批判ばかり集まってしまうのだから、むしろ悪手だったのではないか。

 どんな未熟な人でも子どもを育てていける世の中であってほしい……とか言っていた前言を、やはり撤回しなくてはならないのだろうか。ああ、自分の理想に感情がついていかない。いや、世の中は広いから、彼を支援する心を持った人もきっといると思いたい。大学生ブロガーから、理想を追求することと現実とのギャップについて考えさせられた一幕だった。未熟なのは筆者である。
 

  
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