2024年4月19日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2017年11月19日

激動の中でチャンスをつかんだエリツイン時代

 大学卒業後ガリーナは国営電力会社の技師としてキャリアをスタート。モスクワの本社と地方の発電所の勤務を繰り返しながら順調に昇進。彼女がモスクワ本社にいた28歳の頃にソ連邦が崩壊。その後数年で国営電力会社も組織が変わり民営化。

 この数年間がガリーナの生涯の転換期となった。国営電力の共産党指導部の中堅・若手リーダーと新たに会社を興して国営電力の発電設備・従業員を支配下に収めた。旧共産党幹部による収奪と呼ばれている国有財産の乗っ取りである。こうして形成されたのが新興財閥(オリガルヒ)である。この収奪合戦のさなかでガリーナは人脈を生かして巧妙に立ち回ったのである。

ヴァシュシトの温泉水を利用した洗濯場。天然温泉水なので日により温度が変わる。雨の翌日は温度が下がる

 ガリーナは新興電力会社の「持ち分」を原資にして資産家になった。この資産のお陰で早期引退して自由に生きて行けるという。「政府年金なんて何の助けにもならない。自助努力しなければ現在のロシア社会では生きられないわ。」

“現実主義者はカラシニコフ自動小銃を選ぶ”

 自動車の話をしていたら燃費の良いハイブリッド車の話題になった。ガリーナによるとハイブリッド車はロシアでは普及が難しいと否定的。理由は「ロシア人は複雑なシステムを信用しない。目に見えて簡単に理解できる機械でないとダメ。ボルガみたいに旧式な自動車のほうが故障しないと妄信しているのよ。」とのこと。

 「ロシア人は単純な機械しか扱えないわ。そういえばソ連製で世界的に信頼されている工業製品といえばカラシニコフ自動小銃ね。過去半世紀以上世界のベストセラーですから。」

 そういってガリーナはエリツイン時代に流行ったアネクドート(小噺)を教えてくれた:“楽観主義者(optimist)は民主主義(democracy)を求める。悲観主義者は(pessimist)は亡命(asylum)を求める。現実主義者(realist)はカラシニコフを選ぶ。”

 ロシアの庶民は「力がなければ弱者になるだけ」という現実を混乱の時代に学んだ。

ヴァシュシトの食堂。韓国人観光客が多いのでハングル標記

ノーメンクラツーラ支配は現実なのか

 ガリーナによるとプーチン大統領の例を見るまでもなく共産党幹部階級(ノーメンクラツーラ)は現代ロシアでも支配階級を形成しているという。ガリーナの話を聞きながらエリツイン政権末期の2003年の夏のある日の出来事を思い出した。

 その日、財務省の高官、銀行家、商社のモスクワ支店長と四人で会食した。次官級高官はどう見ても40歳前後。快活でハンサムな金髪碧眼の好青年だ。非常に英語が巧みで子供のころ英国で学びその後も海外経験が長かったという。ソ連邦時代から自由に海外生活していたということは共産党上層部の子弟であろう。

 父親の時代からゴーリキー通りの同じアパートに住んでいると聞いてさらに驚いた。ゴーリキー通りのアパートは超高級アパートとして有名で共産党政治局員や国家級芸術家など特権階級しか住めないからだ。

下ラダック地方のアルチ付近の水力発電所

 モスクワ大学で国際関係論を専攻(旧ソ連を代表する外交官グロムイコ外相と同じ)して国営貿易公社に勤務。ロンドンやスペインでの海外駐在を経験。旧ソ連の対外貿易部門は巨大国家独占機関であり欧米資本家とは巨大利権を秘密裏に相互享受する関係だった。

 元IOC会長のサマランチ氏やギリシアの海運王オナシス一族などのビッグネームが会話に頻繁に登場する。西側大物資本家との個人的親交を通じて巨大利権を操っていたようだ。彼は国際的人脈を生かしてソ連邦解体後も国家の中枢である財務省の国際金融部門を掌握していた。ガリーナの話を聞いてノーメンクラツーラは厳然として現在もロシアの支配階級であると再認識した。

⇒第17回に続く

  
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