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2017年11月21日

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元ウィンブルドン優勝者のヤナ・ノボトナさんが19日、亡くなった。49歳だった。

女子テニス協会(WTA)は、がんを患っていたノボトナさんが19日、「家族に見守られながら、静かに息を引き取った」と発表した。

チェコ出身のノボトナさんは1993年と1997年のウィンブルドン選手権の決勝でいずれも敗退。その翌年の1998年、ナタリー・トージアさんを破って優勝を飾った。

1993年にドイツの名選手、シュテフィ・グラフさんに敗れて泣き出し、その後ケント公爵夫人に慰められる様子がファンの心をつかんだ。

WTAのスティーブ・サイモン最高経営責任者(CEO)は「ヤナさんは、コート内外で彼女を知る機会があった全員にとって、感動を与えてくれる人でした。ヤナさんはWTAの歴史に輝き続けるでしょう。ご家族に哀悼の意を表します」と述べた。

ノボトナさんはサーブ・アンド・ボレーのプレイスタイルで知られていて、世界ランキングは最高で2位を記録した。

四大大会での成績は、シングルスでのウィンブルドン選手権優勝1回に加え、ダブルスでは12回、ミックスダブルスでは4回優勝した。

2005年には国際テニス殿堂入りを果たした。

肩を借りて泣く

多くのファンに愛されたのは、とりわけウィンブルドン選手権での功績が大きい。1993年にオールイングランド・クラブでグラフ選手に敗れた際の出来事は、特にファンの心をとらえた。

ノボトナさんは3セット目、ゲームカウント4ー1でリードしていた。あと1ポイントで5ゲーム目を取れるというところで、まさかのダブルフォルト。その後5ゲームを連取され、セットカウント7ー6(タイブレークの末8-6)、1-6、6ー4で敗れた。

準優勝のトロフィーを渡されると、ノボトナさんは泣き出し、ケント公爵夫人が腕をまわして肩を貸す中、涙を流し続けた。センターコートでの、感情がこもった一場面だった。

後にノボトナさんは、トロフィーを手渡したケント公爵夫人に「あなたならできますよ」と言われたのだと語った。1997年には決勝で今度はマルチナ・ヒンギスさんに敗れたものの、翌1998年に遂にウィンブルドンを制した。

このとき29歳9カ月だったノボトナさんは、1968年のオープン化以降、最高齢の四大大会初優勝者となった。

「まるで自分が優勝したみたいだった」

2015年にノボトナさんはBBCワールドサービスの「スポーティング・ウィットネス」でのインタビューで、1993年の決勝について振り返った。

「(敗退した)翌日は、悲しくて落ち込んでいたけれど、新聞を見ると一面にケント公爵夫人と私の写真が載っていた。一瞬、まるで私が優勝したみたいな気持ちになって、素晴らしい気分だった。そのときの新聞はまだ持っている。美しい写真で、プロテニスの人間的な一面を表していたと思う。多くの人が私のことを、負けたことよりもあの写真で記憶してくれた」

「あの1993年の決勝が、自分にとって一番誇らしいと言ったら良くない。リードしていたのに負けてしまったので。でも私にとって、とても大切な試合だった。あのおかげで、選手として、そして人間として上達できたかもしれない。あの試合のおかげで、キャリアは充実したのかもしれないし、何もかもやり直せるならそうする。ただし、その代わり、今度はウィンブルドンで3回優勝する」

<解説> ラッセル・フラーBBCテニス担当編集委員

ヤナ・ノボトナさんのテニスキャリアを表す決定的な映像は、1993年のウィンブルドン選手権で準優勝のトロフィーをもらう際、ケント公爵夫人の肩を文字通り借りて泣いた姿だろう。

名選手のシュテフィ・グラフさんとの初の決勝戦では、一時は優位に立っていた。しかし女王の座を射止められず、ノボトナさんは再び決勝に挑んだ。

1997年の決勝ではマルチナ・ヒンギスさんが強すぎた。しかし公爵夫人が予想した通り、3度目の正直で再び決勝に舞い戻ってきた。

天性のサーブ・アンド・ボレーの選手で足も速かった。また、グランドスラムで16のタイトルを獲得するなど、素晴らしいダブルス選手でもあった。シングルスの世界ランキングは最高2位、そしてダブルスは1位まで上り詰めた。フェド杯ではチェコを優勝に導き、オリンピックでも、シングルスとダブルス両方で母国にメダルをもたらした。

近年では、BBCのウィンブルドン実況チームの1人として、実に魅力的だった。ヤナさんは決してこれみよがしな話し方はしなかったものの、テニスへの愛は自然と輝いていた。

ヤナさんは本当に穏やかに話すので、常にマイクの音量レベルを調整する必要があった。しかしヤナさんは、生まれながらのセンターコートの人だった。センターコートでプレイし、センターコートについて語ることのできる人だった。言葉を慎重に選びながらも、語る内容には重みがあった。

相次ぐ追悼

ウィンブルドン大会の公式アカウントはツイッターで、「オールイングランド・クラブは、ヤナ・ノボトナさんが亡くなったと知り、深く悲しんでいる。あらゆる意味で本物のチャンピオンで、1998年の勝利は人々の記憶に長く残るだろう。ウィンブルドンの全員が、彼女の家族と友人たちに思いを寄せている」と書いた。

全豪オープンのアカウントは、「勇敢に闘った、ヤナ・ノボトナ。どうか安らかに眠れますように。全豪オープンダブルスで4回タイトルを獲得した世界トップクラスの選手だった」とツイートした。

グランドスラム大会で18回タイトルを獲得し、1993年のウィンブルドン準決勝でノボトナさんに敗れたマルチナ・ナブラチロワさんは、「テニス界はヤナ・ノボトナが亡くなり、とても悲しんでいる。すごく残念で言葉にできない。ヤナは本物の友達で、素晴らしい女性だった」とツイートした。

元世界ランキング1位でグランドスラム18回優勝のクリス・エバートさんはツイッターで、「テニス界にとって悲しい損失だけれども、彼女と深い友情で結ばれていた私たちにとってはとてつもない喪失。誠実な名誉の女性だった。安らかに、ヤナ」と書いた。

グランドスラムの女子ダブルスで21回優勝した元プロテニス選手パム・シュライバーさんは、「ヤナは運動能力が高いと同じくらい優しくて、競争心と同じくらい聡明だった。こんなに早くいってしまうなんて、信じられない。彼女の笑顔は、これからもずっと若いまま」とツイートした。

英国の元プロテニス選手ジョー・デュリーさんは、「なんて悲しいこと。彼女の家族と友人たちに思いを寄せている。コート上ではすごいファイトで、最高なユーモアのセンスのある人だった」と投稿した。

ノボトナさん同様、グランドスラム大会唯一の勝利をウィンブルドンで成し遂げたマリオン・バルトリさんは、「あなたは内も外も素晴らしく、優しく、美しい女性としてずっと記憶に残る。あなたとコートで素晴らしい時を共有できて幸運だった。あなたの経験と助言にとても助けられた。安らかに、ヤナ。WTAの選手たちは、あなたのことを一生忘れない」とツイートした。

同じチェコ出身の元プロテニス選手イベタ・ベネソバさんは、「安らかに、ヤナ・ノボトナ。子供の頃から、そしてこれからも、ずっと私のヒーローこんなに早く去ってしまうなんて。とても悲しい」とツイッターに書いた。

同じくチェコ出身のルーシー・サファロバ選手はインスタグラムに、「このひどいニュースに今でもショックを受けている。あなたは私たちにとって素晴らしい伝説的選手で、偉大な人としてずっと記憶に残る。安らかに、ヤナ・ノボトナ」と投稿した。

(英語記事 Jana Novotna: Former Wimbledon champion dies at age of 49

提供元:http://www.bbc.com/japanese/42061867

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