世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年11月28日

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 1990年代半ば以降のロシアにおける対米感情は、正から負への一直線でした。米国との「和解」、米国による支援を期待していたリベラル派は、米国からは裏切られ、国内では指弾を受けて主流からマージナルな存在に転落しました。「反米」は、プーチン及びロシアの保守支配の岩盤のようなものとなりました。

 それでは、この論説が言うように、こうなることは防げたのか、ソ連崩壊後、東欧、バルト諸国等を緩衝地帯として、ロシア、NATOのいずれにも属さない地帯として安堵しておくことは可能であったのか、と言えば、そうではないでしょう。

 ロシアは1998年にはデフォルトを起こし、2000年代初めまでGDPは日本の10分の1以下で推移していましたが、2000年代の原油価格急上昇でカナダ並みの経済力を備え、国防予算も日本の2倍としています。そうなれば、クリミア、シリアで見られたように、国益擁護に軍事力を用いるのも躊躇しなくなります。従って、ポーランドやバルト三国が、近接するロシアから感ずる風圧には並々ならぬものがあり、やはりNATO加盟は不可避の選択だったでしょう。

 しかし、現在は、民主党が「ロシアによる米大統領選介入」を最大のイシューにしていることもあり、米ロ対立には行き過ぎの面があります。米ロは米中に比べて経済関係があまりないので、対立に歯止めが効きにくいです。ロシア人は「他人にあれこれ指図されるのが大嫌い」、米国人は他人の生き方を変えるのが大好きなので、対立は必至です。しかも、米国は、オバマ大統領がそうであったように、「経済小国のロシアが何を言うか」的なものの言い方をして、ロシア人をますます怒らせがちです。時々プーチンが示唆するように、「最後は核の投げ合いだ」ということになってしまいます。ロシアは米国にとって、「大型の北朝鮮」のような存在なのです。

 米ロの諜報・工作機関は冷戦時代のマニュアルのまま行動しており、米国は「民主化支援」の名目でロシアの反政府活動を支援、ロシアもハッキングや「広報」資金のバラマキでこれに対抗しています。2011年12月、反政府派はクレムリンの至近距離で10万人ものプーチン糾弾集会を開きましたが、この時群衆がクレムリンに向かって雪崩れ込んでいたらクレムリンは占拠されていたかもしれません。問題は、プーチンが抵抗の姿勢を見せると、親が口答えをした子供を折檻するかのように米国がロシアを制裁して、対立の悪循環を生むことにあります。

 トランプは海外での民主化支援を控え、国家の主権を尊重する姿勢を打ち出していますが、ネオコンを初め介入積極派は諸方でこれに反発の声を強めています。また米諜報機関も、トランプのロシア・コネクション捜査を利用して隠微な抵抗をしてくるでしょう。そうこうするうちに、シリアではISIS掃討後の縄張り争いが米ロ間で嵩ずるでしょう。中東でロシアの影響力が強まっていることも米国の神経を逆なでし、これを押し返そうとする動きが出てくるでしょう。米ロ和解はなかなか難しいと言わざるを得ません。

 米国は、ソ連崩壊後は日ロ接近を慫慂(しょうよう)し(ロシアの民主化・経済改革のために日本の資金も動員したかった)、この論文で批判されているタルボット副長官も北方領土問題について随分仲介の労を取ってくれました。それがクリミア併合で決定的に覆りました。

 最近日本の一部では「米ロ関係が悪化しているからロシアは北方領土を絶対返さない。日本はもう諦めよう」式の議論が見られますが、日本はソ連時代も一貫して領土返還要求を掲げており、他方ではシベリア開発のような大型融資も行って経済的利益も収めてきました。米ロ関係の揺れに一喜一憂して、領土問題で拙速な譲歩をするべきではないでしょう。譲歩してもしなくても、ロシアから得ることのできるものは、大して変わりません。

  
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