サイバー空間の権力論

2017年12月1日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

ロボットに人権が与えられる?

 2017年10月、サウジアラビアの首都リヤドで行われたイベント「Future Investment Initiative」において、サウジアラビア政府は世界で初めてロボットに市民権を与えると発表した。与えられた人型ロボットの名前は「ソフィア」。香港を拠点とすロボット企業「ハンソン・ロボティクス」が製作したもので、顔の筋肉を動かすことで62の人間の感情表現を可能とする。女優のオードリー・ヘップバーンと創業者の妻をモデルとしたソフィアは会話を得意とし、国連のパネルディスカッションに出席したことでも話題となった。ちなみにハンソン・ロボティクスは他にも、アインシュタインに造形が似ており、かつアインシュタインのような話し方で質問に答えるロボット等も開発している。

 ただしソフィアに与えられた市民権が何を意味しているのか、その詳細が語られることはなく、いわば「市民権」という言葉のインパクトを重視したパフォーマンス的なものとみられている。さらにサウジアラビアにおいてはそもそも女性の人権が守られていない実情や、出稼ぎでやってくる外国人労働者に対する待遇に問題が指摘されており、ロボットよりも先に人間の権利を守れ、という批判に晒されることとなった。

 ロボットに法的な人格権を与えるというこの問題、読者は語るに値しないと思うだろうか。実は、EUはすでにロボットの法的な位置づけに関する議論をはじめている。

ロボットに責任を帰属できるか
議論が続くEU

 2017年1月、欧州議会はロボットに法的責任を与えるかどうかについての報告書をまとめ、こうした草案を採択するかどうかの投票を行った。その結果報告書は採択され、EUでは本格的な議論が続いており、また同じくEU加盟国のIT先進国エストニアでも法整備が進んでいる。EUの議論はロボットが人に危害を加える場合などに機能を停止させる「キルスイッチ」を導入するか否かなども含まれるが、本稿が注目したい点は他にある。それはロボットを製作する企業(や製造元、あるいはプログラマ)と、それを利用するユーザー、どちらの責任を問うことかという点だ。

 ここでは10年ないし20年後の未来に関する、いくつかの事例を挙げて考えよう。まず自動運転車によって引き起こされた事故の責任を問うものがある。近い将来、人間がまったく運転しなくてもよい自動運転車が完成したとして、そこで事故を起こした場合、その責任はユーザーと企業、どちらに向かうだろう。

 読者の多くは企業だと考えるだろう。しかし、もし自動運転車が進むはずだった進路を、ユーザーが(こっちの方が近道だからと)変更させ、そこで事故が起こったとしたらどうだろう。事故の内容にもよるが、ユーザーの意図が介在することから100%自動運転車が責任を持つことは難しい。もちろん命を預かることを念頭に置いている場合、結果的にメーカーの責任が免責になるとも思えない。このように、誰にどの程度の責任を負わせるかという議論は非常に難しい問題だ。

 自動運転車は無機質な道具的存在だが、コミュニケーションなどを行う社会的ロボットの事故についても考えよう。介護分野はロボット産業に期待が寄せている分野の1つであるが、近い将来介護ロボットがユーザーと会話しながら介護を行うとする。ロボットはプログラム通りに動くとはいえ、ユーザーの要望や好みに合わせて、つまりユーザーの意志に応えて一定の自律的な学習を行う(ちょうどペットロボットのアイボがユーザーの飼育状況に合わせて個性的な発達を行うように)。ここで特定のユーザー用にカスタマイズされた介護ロボットが、ユーザーの指示や要望に合わせたことが遠因となって事故が発生したとする。その責任はロボット企業、介護施設、ユーザーの誰が背負うことになるのだろうか。

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