2024年4月25日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年11月11日

 たとえ携帯電話が通じる環境だけが整備されたにせよ、肝心の少数民族の居住地域では通話が止められている。あるいは、通話が盗聴され、少数民族の若者が外国の親せきと自由に会話も楽しめない。そんな実態は、当然のことCMで語られるはずもない。

 そして第三のポイントは、今後、世界中で展開されるらしきこのCM作戦が、米国から始められる点である。

ワシントンを走る列車の切符に印刷された“パンダ”

 現在、米中はさまざまな点で「対立」の材料を抱えている。中国が近年、いかに力を増しているとはいえ、それでも、世界一の大国、米国は“怖い”存在なのだ。

 とはいっても、どんな「対立」があろうが、あくまで政治家同士の話なら、いざとなればどうにでも宥められると北京の指導者らは考えているはずだ。ところが、相手が「国民感情」となれば、話は変わってくる。

 もちろん、中国はこれまでも、米国で、多くの金をつぎ込んで陽に陰に宣伝作戦を展開してきた。面白い例を挙げると、昨年ワシントンDCと周辺を走る列車のチケットのすべてに、笹を食むパンダの絵柄が印刷されていた。ワシントン動物園のアイドルだった「タイシャン」なるパンダを絵にしたものだろうが、こうしたところにまで、「中国」のよきイメージを刷り込む工作が行き届いていることには驚かされる。

 こうした深くじっくりと進めるタイプの工作もしてきた中国が、今になって、大メディアに気前よくキャッシュをばら撒き、「いかにも」といった感のあるイメージ広告を打つという古典的な工作手法に打って出る。このこと自体が興味深いと同時に、その力技の前にいとも容易に屈するのが、わが国の大メディアでないことを祈るばかりだ。

中国のCM作戦は奏功するか?

 古今東西、国民感情や世論なるものは非常に移ろいやすく、揺れやすい。したがって、国家権力やそれと連携したメディアの力によって、世論がいとも簡単に誘導された例は、枚挙にいとまがない。

 しかし、既存メディアの凋落が目立ち、代わって、インターネットという、捉えどころなく、かつ訴求性の高い“新メディア”が登場してきた現代では、さすがに、人心を為政者の意図する方向へ陽動する行為の難度も増してきた。いったんは熱狂的に盛り上がった世論が、きわめて短期間のうちに、逆方向に向く例も増えている。

 世界最大、最強の情報統制国家である中国とて、自国のネット世論の統制、操縦にはそれなりに苦労をしている。

 米国のみならず、日本でさえも、「大メディアさえ抑え込んでおけば人心誘導可能」という時代は過去となりつつある。ついこの間まで、日中友好を無邪気に信じ込んでいた日本の人心のなかにさえも「対中不信感」が留まり続ける今、古典的としか見えない、中国のCM作戦は果たして功を奏すのか? とりわけじっくりと見つめていきたいところである。

 

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜

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