野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2017年12月13日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

自転車は単なる移動手段ではない

 劉氏を見ていて一番痛感するのが、日本では、自転車を単なる交通手段から「文化」にアップグレードする動きがまだまだ進んでいないことだ。

 劉氏は叙勲の際に「自転車文化」のコンセプトについて、こう語った。

 「自転車はスポーツでもあり、自転車に乗って郊外へ出かけ、人と交流をするレジャーにもなる。自転車と一緒のライフスタイルは、すでに時代の潮流となっています。台湾はこの点では日本より進んでいます。日本は自転車人口が多い割に、サイクリングイベントは相対的に少ないからです」

 

 こうした実情については、企業の責任もあると言わざるをえない。

 かつて世界に覇を競ったブリヂストンサイクルやパナソニックサイクルは、いまも電動車やママチャリなどの「自転車製造」だけに注力し、社会貢献活動はレースやイベントの後援をするぐらいで、広い意味での自転車普及に対しては、目立った努力の形跡が見当たらない。

 もう一つは、マニア的な高級志向に走ってしまう日本のサイクリスト文化にも問題がある。ざっくり言わせてもらうと、自転車に乗るハードルを高く設定してしまい、上級者か素人かの二分法になってしまっている。本来は、中級者や初級者の大きな層があって、その上に上級者がいればいいだけなのだが、日本ではどうも永遠に初・中級者でいることを許さないカルチャーがあり、各地の自転車販売店に出かけていっても高級品志向の敷居の高さに素人が入りにくいという話は良く聞く。

 自転車は単なる移動手段ではなく、健康にもなり、気持ちも晴れて、地域を愛する気持ちも育つ。外の人にも走りにきてもらって、宿泊や観光で地域を活性化させる。エコで省エネにもつながる。自転車に乗ることは新しいライフスタイルを手にすること。そんな劉氏が提唱してきた考え方は日本に縁遠いものだった。

道路も「シェアリング」の時代に

『銀輪の巨人 GIANT』野嶋剛 著(東洋経済新報社)瞬く間に世界最強にのぼりつめたとてつもない自転車メーカー「台湾巨大機械」とは何者なのか!?ニッポン自転車産業の強烈な空洞化はなぜ起きたのか?同じ危機にあった台湾はなぜ奇跡的な成長を手にしたのか?はじめて解き明かされる自転車インダストリーの現代史。

 もともと『銀輪の巨人 GIANT』を2012年に執筆した私が、劉氏の主張を日本に伝えたいと思ったのは、次のような言葉を聞いたときだった。

 「基本的に道路はすべて自動車のものではありません。道路は人のものです。人は歩いたり、自転車に乗ったり、車に乗ったりして道路を使います。いまこの時代に、一つの道路を一つの乗り物が独占することはありえません。シェアリングが叫ばれていますが、道路もシェアリングの時代に入っているのです」

 日本の道路を自転車で走っていると、クラクションを鳴らされることが少なくない。こちらは特にはみ出ているわけでもなく、道路の左側を可能な限り左側に寄って、15~20km/hぐらいの速度でペダルをこいでいる。そこで大きな音で突然クラクションを鳴らされると、驚いてハンドルを持つ手がぶれて自転車が傾いてしまうことになる。それは明らかに走行妨害行為であり、人命の危険を伴うものであるが、残念ながら横行している。そうしたことも、自転車文化の広がりによって解決される問題かもしれない。

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