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2017年12月15日

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小川たまか (おがわ・たまか)

フリーライター

1980年東京生まれ。教育、働き方、性暴力などを取材。『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(2018年/タバブックス)。Yahoo!個人「小川たまかのたまたま生きてる」(https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/)などで執筆。Twitter:@ogawatam

子どもを「操作」する親

――昔よりも教える側のスキルも上がっているはずなのに。

おおた:最初に教育虐待の話をしたとき、ちょっと話がふくらみすぎるので言わなかったのですが、最近ではコーチングとかも知られてきていますよね。コーチングって本当は「操作」ではなくて、お互い認め合って高め合う手法ですが、親がコーチングの表面的なテクニックをもってして子どもを手のひらで操作しようとすることがある。

――そういう操作って暴力や暴言のように見えないだけに気付かれづらいですよね。

おおた:叱ったりしない、ダメ出しもしない。でもうまく親の思った通りの路線に乗せていく。真綿で締めていくような苦しさで、逃れたいと思っている子どももいます。

――親はいいことをしているつもりでしょうしね。

おおた:100%子どものためと思っているでしょうね。これは恐らく最近の傾向だと思います。昔の「教育ママ」とは違い、表面的にはすごくいい父と母。子どもに求めるものと親の接し方は、より複雑になっていると思います。

――以前カウンセラーの人から、「親のやることは“猛毒”か“ちょい毒”かの違いで、基本的に全部毒」だと言われたことがあります。

おおた:それは仰る通りじゃないかな。よほど親が余計なことをしなければ子どもはちゃんと育つ。でも世話を焼きたくなるのが親の性。子どもに相手してもらっているくらいに思わないと……。

親が思うほど親がやってることに意味はない

――とはいえ、たとえば中学受験は親の伴走が必要って言われますよね。

おおた:親が一生懸命やらないと中学受験で成功しないとか、信仰的なものがありますよね。確かに受験をクリアさせることだけ見ればメソッドはあります。親が子どもの人生を無視して「あなたの人生こうだから」って作りこんだら、たぶん弁護士でも医者にでもできるんですよ。映画の『トゥルーマンショー』みたいに(作りこむ)。でもたいがいの親はそこまでしないし、できても受験だけ。子どもの人生をデザインすることは親にはできません。

――自分で何もできない子になっちゃいますもんね。

おおた:親が思うほど、親がやってることの意味はありません。たとえばしつけでも、「遊びながら食べちゃダメだよ」って何度も何度も言って、やっと最近遊ばなくなったと。「繰り返し言って良かった」って親は思うけれど、でもそれはそのときが来ただけで、言っても言わなくてもできてたはず。受験でも「何度も言い続けたら、やっとやる気になってくれた」って思うかもしれないけれど、結局は本人のタイミングです。

――親からしてみたらちょっとさみしい話だけど、裏返せば「自分のせいかも」と思い込まなくてもいいので、子育てが気楽になるかもしれません。

おおた:子どもが助けを求めているときに支えることとか、「何かあったら支えるよ」っていう安心感、関係性は大切です。ただ、伴走はできるけれど、親が引っ張ることはできないんじゃないかなと僕は思います。

――わかっていても、実際に直面すると難しそうです。

おおた:僕もこう言いながら、昨日は子どもの模試が返ってきて「どうしよう」っておろおろしてましたからね(笑)。

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