2024年4月19日(金)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2017年12月18日

「香港返還」をあえて淡々と描いたワケ

 『13・67』を読んで気になっていた点があった。この作品は前述のように逆年代記になっていて、2013年、2003年、1997年、1989年、1977年、1967年という具合に、ほぼ10年おきに遡りながら、香港の現代史を振り返られるようになっている。ただ、このなかで、1997年の香港の中国への返還についての記述がそれほど多くはないことが気になっていた。

 陳浩基さんは1975年生まれで、いま40歳を超えたところ。彼自身も英国の植民地・香港で約20年を生きて、そのあと、中国主権下の「香港特別行政区」で約20年を生きてきた。人生の半分が英国、残りの半分が中国、という支配者の下だったわけである。それだけに、1997年には強い思いを持っていても不思議ではないが、その描写は、香港警察のバッジが英国から中国のものに切り替わったぐらいで、非常に淡々と描かれている。

 その理由を尋ねてみたところ、陳浩基さんは「意識的に、そうしたのです」と語り出した。

 「私はここであえて間接的な方法を選びました。クワンの選択から香港人の心理と気持ちを描こうとしたのです。クワンは本来、すでに警察からの引退を決めていたのですが、トップが彼に顧問として残留を求めます。すべてにおいて決断の素早いクワンでもこのときだけは迷ってしまいます。私は、彼の迷いと決断を通して、香港人の主権の交代に関する心理矛盾を描こうとしました。香港に止まるか、あるいは移民するか。最後にクワンは警察にとどまることを選びます。これは多くの香港人の1997年の心理を象徴したものです。未来に希望をたくし、この香港という故郷から離れなかったのです」

 これはおそらく陳浩基さん自身の気持ちでもあるだろう。だからこそ、続けて、こうも付け加えた。

 「結果として、香港警察は過日の輝きを失っていき、クワンや同僚たちの必死の努力にもかかわらず、香港警察、そして香港そのものの変質は止められなかったのです。香港は中国の主権に入ってから変わりました。もちろん悪い方にです。そのことは、香港警察の50年の変化を描いたこの作品を読めば読者の皆さんにも理解していただけると思います。それが本作を『社会派ミステリー』と『本格ミステリー』の融合だと私が説明する理由でもあります」

  
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