田部康喜のTV読本

2017年12月20日

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田部康喜 (たべ・こうき)

東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

 NHKが過去の番組を再放送する「あの日  あの時  あの番組」シリーズは、NHKスペシャル「我が友 本田宗一郎~井深大が語る“技術と格闘した男”~」(1991年12月)を12月17日に放送した。

(iStock/chombosan)

 ホンダの創業者である本田と、ソニーの創業者である井深は生涯の友人だった。本田が亡くなった1991年8月5日後、井深は軽井沢の別荘に引きこもった。

 「いた時にはわからなかったが、その存在は亡くなってみて衝撃だった」

 番組は、井深が語る本田との思い出と、本田が社内報のインタビューに応えた内容を対話のように綴っていく。

ビジネスの関係ではなく、友だちになった二人

 終戦から、高度経済成長の時代にかけて、技術立国ニッポンを創ったふたりの起業家にして、世界に認められた経営者。彼らとともに技術を創造した日本の企業群は2017年の年、東芝が不正経理によって、破綻の瀬戸際に追い込まれたのをはじめ、日産自動車や神戸製鋼所、東レの子会社などで製品の検査不正が頻発した。

 このテレビ番組批評シリーズの本年の最後に、ふたりの経営者の交流を描いた番組を紹介することによって、技術立国ニッポンの源流を改めてみつめ直したいと思う。

 本田が部下たちを連れて、ソニーの前身である東京通信工業の井深の元を訪れたのは1950年代末のことである。井深は当時、トランジスタの量産化に成功していて、ラジオなどに応用していた。

 「井深の兄貴はそれまで知らなかった。エンジンの火花を電気できれいにできれば、回転数が大きくなると思って会いにいったんだ」

 「井深の兄貴は、ずいぶん丁寧に説明してくれた。しかし、エンジンと違って電気は、さわれないし、目に見えないんでさっぱりわからなかった」

 これに対して、井深は出会いの時を振り返る。

 「自動車のエレクトロニクス化なんて、いまではふつうの考えですが、彼の話はそれだった。これはいいお得意になると思った」

 ふたりは、ビジネスの関係になることはなかったが、友だちになった。

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