2024年4月19日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年12月1日

 核実験の際、胡錦濤は、「北朝鮮は遺憾なことにわれわれの勧告を聞かなかった。北朝鮮に国際社会の強烈な反応を知らしめる必要がある」と、言うことを聞かない北朝鮮に対する怒りを露わにした。

北朝鮮が中国の孤立脱却の切り札に使われる?

 そもそも中国が議長国を務める6カ国協議に関し、各国と調整していない段階で記者会見まで行い、「開催提案」を行うことは過去になかった。現時点で6カ国協議開催を歓迎するのは中国のほか、米国との対話を何としても実現したい北朝鮮くらいだ。胡錦濤の指示の下、外交政策を統括する戴秉国(国務委員)・武大偉ラインで決められた開催提案の裏には何があったのか。

 そこには、何よりも国際社会の要請に応じて外交努力を懸命で行っていることをアピールする必要性に中国自身が迫られているという危機感が潜む。中国外交筋は「今年に入って中国外交は困難続きだ」と指摘する。台湾への武器売却、オバマ大統領とダライ・ラマ14世との会談などをめぐる対米関係の悪化、南シナ海問題をめぐる米国や東南アジア諸国とのあつれき、そして尖閣問題に関する日中衝突、ノーベル平和賞授与をめぐる摩擦などは、何も偶然に起こったわけではないだろう。

 日本国内でも、中国の高圧的外交に「中国の北朝鮮化」を懸念する声も出ていた。こうした中国に対する国際的懸念を払しょくするカードこそ「北朝鮮」なのだ。つまり実現困難を知りながら今回、6カ国緊急会合を提案したのは、東アジアの平和・安定のためという側面とともに、中国自身の孤立脱却のための切り札にする思惑があったのである。

中国の狭隘なナショナリズムに似た存在

 果たして中国外交は今後、どこに向かうのか。19世紀前半まで世界最大だった清帝国時代、またはそれ以前からもともと国民の間に存在した「大国意識」。そして日本をはじめ列強からの侵略を受けた「屈辱の歴史観」。さらにその屈辱を克服してGDP(国内総生産)で日本を抜く真の大国となることへの過剰な「自信」。

 この3つのファクターが結び付き、インターネットという表現する「武器」を持った若者らがナショナリズムを一層高めた。そこに領土・主権問題で強硬姿勢を示す人民解放軍の発言権増大という要素も重なり、外交当局は強圧的な姿勢を示さざるを得なくなる傾向をますます強めた。

 台頭する中国のパワーの源泉は何か。「軍事パワー」や「経済パワー」もさることながら、最も強力なのは「民のパワー」だ。だがその「民パワー」は国際社会に対する強烈な圧力になる一方、共産党・政府の外交政策が「民意」から外れれば、その不満は共産党・政府に転化する両刃の剣であることを胡錦濤指導部は熟知する。「『民』を利用し、『民』を恐れる」。この現実が、中国外交をより複雑なものにしている。

 今、対北朝鮮外交を通じて中国は外交的孤立から抜け出し「国際協調」路線に回帰しようとしている。しかし北朝鮮問題は、北朝鮮とパイプのない日米など国際社会を黙らせることができる有効なカードであると同時に、国際協調に傾きすぎれば、今度は北朝鮮が不満の矛先を中国に向け、その暴発は歯止めが利かなくなる。何か中国の狭隘なナショナリズムに似た存在である。

 中国にとって、石橋を叩きながら「北朝鮮外交」という長い川を渡らなければならない、という現実は何ら変わっていない。

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜


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