森 斌「瀬戸内の『月待てば潮も』」


森 斌(もり・あきら)
1946年、中国鞍山市生まれ。成城大学大学院文学研究科博士課程退学。広島女学院大学文学部教授。著書に『万葉集作家の表現』(和泉書院)、『万葉集歌人大伴家持の表現』(溪水社)などがある。

万葉から吹く風

各界の著名人のみなさまに、『万葉集』の中からお好きな歌をあげて、エッセイを綴っていただくページです。『万葉集』には、仕事、恋愛、家族、風景、喜怒哀楽など、じつに多彩なテーマを詠んだ歌がおさめされています。それらは、悠久の時を超え、いまもなお共感できる言葉、情動、感覚ばかり。万葉人の素朴な心や大らかな表現にふれ、いにしえに想いをめぐらせれば、未来を探るきっかけが見つかるかもしれません。

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船団が斉明天皇7(661)年の正月に難波を出帆した。斉明天皇、中大兄皇子〔なかのおおえのおうじ〕、大海人〔おおあま〕皇子等が乗り込んでいた。新羅〔しらぎ〕に滅ぼされた百済〔くだら〕救援のためであった。恐らく松山市にあった熟田津〔にきたつ〕では、2ケ月ほど滞在している。奈良時代の瀬戸内航路の難波と大宰府間は1ケ月ほどの航海であった。3月の中頃であろうが、額田王〔ぬかたのおおきみ〕は有名な歌をうたう。

熟田津に船乗〔ふなの〕りせむと
月待てば潮〔しほ〕もかなひぬ
今は漕〔こ〕ぎ出〔い〕でな
                                       
(巻1-8)

熟田津に船出をしようと、航海神の月が出て来て西に流れる潮流もよくなった。さあ今漕ぎ出しましょう。

photo:井上博道

 どのような時にうたわれたのか。夜の船遊びや、九州への船旅でないという考えもある。しかし、征西の雰囲気をもった歌としか考えられない。そこで月とは、弥生3月か蒼穹〔そうきゅう〕の満月か、潮とは、大潮の満潮か春の潮流か、といったことになる。資料、体験、あるいは科学的なデータに基づいて説が打ち立てられた。瀬戸内では、福山市鞆〔とも〕(広島県)が中間であるから、満潮では東西の潮が集まり、干潮では潮が東西に分かれる。鞆は、万葉の歌枕であり、江戸時代の朝鮮通信使にも「日東第一」の風光と讃えられた。

 額田王歌8番は、「月」と「潮」の解釈の例にしぼっても万葉集中一番異説が多いのではなかろうか。明日香村の奈良県立万葉文化館所蔵の平山郁夫画伯が描いた紫に輝く額田王に、真意を問いたいものである。

 万葉集では、夜の航海がとりわけ珍しい。たまたまであるが、天平8(736)年の6月に瀬戸内を征西した遣新羅使の歌には、神島(かみしま、福山市神島町)と長門島(ながとしま、広島県呉市倉橋町)で月夜の航海がうたわれている。天と海も「あめ」であるから、月は船にも喩えられ、あるいは月読みの神になる。とすれば、額田の「月」とは、航海の安全を祈る神であってよい。月が長い天の航海を経ていると考えられていたように、額田王を乗せた軍船の長い航海の安全を、引用した歌で月神と潮流に祈願したのであろう。

 現在の山陽新幹線では安全な旅が約束されているが、7世紀、8世紀の瀬戸内航路は早瀬では10ノットの潮に翻弄され、漕走が主体であっても風と波がお友達であったのであるから、「月待てば潮もかなひぬ」といっても命がけであった。

 額田王歌から約1200年を経た慶応3(1867)年に、坂本龍馬の乗る蒸気船「いろは丸」が鞆沖で沈没した。



 


 

◆ 「ひととき」2010年12月号より

 

 

 

  

 
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