2024年4月19日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年1月22日

 昨年12月10~30日にブエノスアイレスで開催されたWTO閣僚会議では、米国の冷淡な態度が目立ったと報じられています。閣僚会議に先立つジュネーブでの共同宣言の折衝で、米国はWTOの「多国間貿易体制における中心的存在」との文言に難色を示したといいます。また、WTO紛争解決機関の上級委員会が加盟国の「主権」を侵害することを禁ずるとの文言を盛り込むよう要求したと報じられています。そうしたことで、共同宣言の作成の努力は早々に放棄されたようです。アゼベドWTO事務局長は何も実質的合意が達成されなかったことに失望を表明しました。もともと今回の閣僚会議に対する期待は低かったのですが、乱獲を防ぐための漁業補助金の禁止という比較的小さな問題についてすら合意は達成されませんでした。

 トランプ政権のWTO敵視政策の現れと見られるもう一つの事例としてWTO紛争解決機関の上級委員会の問題が指摘されています。トランプ大統領はFox Newsのインタビューで「WTOは我々以外の全ての人々の利益のために設立されたものだ――我々は訴訟に負ける、WTOにおける殆ど全ての訴訟に負けるのだ」と述べたことがあります。しかし、この発言は正確ではありません。申立ては、勝てると見込んで行うものなので、申立て国が大体において勝つのです。米国は、申立て国になったケースでは91%勝ち、申立てを受けたケースでは89%負けている、という数字もあります。

 ライトハイザー米通商代表の不満は、WTOによる紛争解決は米国が交渉で獲得した筈のものを損ない新たな義務を課す、つまり法を解釈するのではなく新たな法を作り出して来た、という点にあるようです。彼の閣僚会議での演説はWTOに対する批判と不満を列挙したものですが、その最初に紛争解決手続きを取り上げ、同様の趣旨を述べています。どういう根拠でそういう主張が成り立つのか分かりませんが、そういう不満が理由で上級委員会の委員の補充をサボタージュしているようです。上級委員会の委員の定数は7ですが、補充されないために(任命には加盟国のコンセンサスを要する)現在の委員は4に減っています。来年9月にもう一人任期が来ると米、中、印の3人の委員となります。上級委員会は3人の委員で一つのケースを担当しますが、利害関係国の委員は外れることになるので、この顔触れの3人では審理は成り立たない可能性が大きくなります。

 要するに、米国は彼等が不公正と見做す貿易慣行に対し国内法で是正措置ないし報復措置を発動したいのであり、これをWTOの紛争解決手続きに邪魔されたくないのです。そのために上級委員会を機能不全の状態に追い込む算段だと思われます。これはトランプのユニラテラリズムの延長に他なりません。

 確かに、WTOには問題があります。その国連化によって何も決まりません。中国の経済モデルに対処する上で、WTOが無力だと感じている国は米国だけではないでしょう。改革は必要ですが、米国はどうしたいのか提示していません。恐らく、米国はその都合に合致する部分にのみ選択的に関与して行くのでしょう。2019年の初めには中国が「市場経済国」の地位を巡って紛争解決手続きに訴えたケースの判断が示されるようです。ライトハイザーは、WTOが中国の主張を認める判断をすれば、それはWTOにとって「地殻変動」になろう、と警告しています。
 

  
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