この熱き人々

2018年2月21日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

もっと自由に描くために

 アーティストとして解放されパワーを蓄えた小松は、ニューヨークでもうひとつ、美術の世界で生きていくことの厳しさも思い知らされていた。1週間で100の画廊を訪ね作品を見てほしいと頼んでも、99で門前払い。世界中から才能が集まるニューヨークでは、個人の才能など当たり前。扱ってくれるギャラリーを持たなければ、浮浪者同然の扱い。扱うギャラリーがあっても、売れなければ1年で契約を切られる。アーティストがひとりで頑張っても世界とは戦えない。その厳しい現実を乗り切ろうとするなら、たくさんの他力を借りなければならない。

 孤軍奮闘から、小松を面白いと評価してくれるキュレーターやコレクターやギャラリストなど多方面の人々とのチームプレーへ。小松は、世界に向かう姿勢も一変させた。

 「みんなが本気で関わってくれるから、アーティストは自由に描くことに集中できるし、発表の場を得ることもできるわけです」

 誰かが自分を見つけてくれるのを待っているという消極性から、世界に自分の存在を認めさせたいという積極性へと転じ、そのためなら嫌いだった「美しすぎる」という言葉さえ使えるツールのひとつとして受け入れる。

 そこから小松の進撃が始まった。出雲大社に絵画「新・風土記」を奉納。ゴッホやピカソの作品も取引される世界最大級のオークション、クリスティーズ香港にも初めて出品、見事に落札されている。

 ニューヨークから帰った当初はさかんに、拠点をニューヨークに置きたいと語っていた小松だが、その後はむしろ日本の伝統工芸など和の深みにインスパイアされ、日本からの発信に腰が据わりつつあるように感じられる。

 「ニューヨークにどうやって行こうかということしか考えていなかった頃、修行のため訪れたタイで、名高い高僧に『あなたの絵が落ち着くのはアジアではないか』と言われたんです。それが神の思し召しなのかなと思っていたら、香港、中国、台湾、中東などとのご縁がどんどん繋がってきて」

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