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2010年12月27日

 「世の中の泳ぎ方が上手な頭のいい人が、こうすれば儲かると言ってやったものは、10年の間にひっくり返って、みんななくなっちまった。人間が人間の理屈だけで組み立てようとすると、自然の摂理に反することがたくさんあるんですよ。牧場もこうなるまでには時間がかかるよっていうことなんです。その時間を抜きにして、人間の価値観だけでカネかけて規模拡大したらダメなんだ」

 近代化とは、人間の小ささを知識や技術で乗り越えようとしてきた歴史だといえる。人間は自然と対立し、自然の法則やリズムなんて制御してしまって、少しでも早くという人間の都合で儲けを膨らませるのが賢い生き方だとされてきた。それが近代という時代を生き抜く知恵だと信じてきたが、その知恵に振り回されすぎたという反省を感じ始めた人も多い。

 とはいえ、斎藤さんほどの瀬戸際に立たなければ、なかなか切り替えられないものでは?

 「難しいことなんて何もいらないんだ。そこにある木は、一回倒れてしまったけれど、根がつながって、また葉っぱをつけたんだ。自然の生きる力は、すばらしいんだよ。山に来れば、そういう大事なことを感じるんだ」

 斎藤牧場の中には、喫茶店や山小屋が建っている。この環境に感動した人が、斎藤に頼んで建てさせてもらったものだ。「いつ、誰が来たっていいんだよ」という斎藤は、街に住む大人や子どもに、自然の力に気づく感性を養う場を提供している。斎藤のライフワークは、自然の法則の伝道師といったところか。

 考えてみれば、相手に先んじようと動き回って勝った負けたと騒ぐのも、しょせんは自然と切り離された人間界だけで通じる生き方で、それまでは人間も生物の一つとして自然の法則のなかで生活をしていたのだろうから、どこかに無理があるのだろう。現代人が欲を募らせて一喜一憂する姿を斎藤は笑っている。人間の時間で何とかしたところで長続きしないよ、ちょっと待ったら、いい時も来るんだよと。(文中敬称略)

◆WEDGE2011年1月号より

 

 


 

 

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