サイバー空間の権力論

2018年1月31日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

広告モデルから購読モデルへ

 問題と対策が入り乱れる中、さらに注目すべき論点がある。朝日新聞記者の平和博氏によれば、米メディア(特にリベラルな新聞社などの伝統的なメディア)では広告モデルから購読=サブスクリプション(課金)モデルへの移行傾向が強まっているという。プロが検証したニュースをフェイクニュースのビュー数が凌駕したり、不適切な投稿動画に広告が表示されるなど、「無料記事&広告」といったビジネスモデルは前述の通り問題が噴出している。また新興メディアのバズフィードなどの不調が報じられたこともあり、既存ニュースメディアの収益悪化を購読によって補おうという意図もある。

 具体的にはペイウォール(コンテンツ課金)などの方法が目立つ。例えば月10本まで無料で読める記事が5本へと縮小され、購読による無制限のコンテンツ閲覧を促す、といったものだ。中でも米『ニューヨーク・タイムズ(以下NYT)』紙は、はやくから購読モデルの構築に力を入れており、100万人のデジタル購読者(課金)を2015年に達成している。

 またNYTの滞在時間も増えており、ユーザーがより多くの記事を読むようになっているという。NYTの記事作りは入念なもので、映像ポッドキャスト、マップやチャートなどが組み込まれている

 購読モデルへの移行は、伝統的な新聞配達のデジタル版を、人々が望みはじめているとも解釈できる。もちろんその背景には、フェイクニュースの横行や品位を損なうスキャンダル記事等の氾濫があり、またトランプ政権に反対する人々がリベラルな記事を読むために購読を決定した、という側面もあるだろう。

 さらにこの動きは、購読によって、安定したクオリティの記事をユーザーが能動的にサーチする、という手間を省く意図も推察される。購読は大量の情報が氾濫する中で、「手間を省く」ことに意味がある。スポティファイやネットフリックスといった音楽、動画配信にユーザーが集まるのも、手間を省き、自分の好みにあったコンテンツをオススメしてくれるからだ。

それでも続く分断傾向

 しかし、購読モデルはニュースメディアの収益を確立するには有益だが、他方でニュースの「格差」が生じる可能性を孕んでいる。

 まず、これだけ無料でニュースが読める時代に、購読=課金を行うユーザーはそれなりに余裕がある層であることが想定される。そしてニュースメディアによる購読者囲い込みが行われるならば、逆に無料記事には相対的にフェイクニュースが増加することになる。そうなれば、無料でのみニュースを閲覧するユーザーは、相対的に不適切なニュースを読む確率が増えることで、無料ユーザーと購読ユーザーの間のニュースに対する認識に、さらなる「溝」が生じる可能性がある。

 その意味では、無料の広告モデルによるニュース配信も、ある程度は必要不可欠であろう(もちろん広告による無料記事をすべて止めるようなニュースメディアは極少数だろう)。確かに既存メディアの収益が下がればニュースの質は下がるが、このネット時代にニュースメディアが内にこもってしまえば、それはそれで社会に悪影響を及ぼしかねない。

 この問題はメディアにとって、広告=無料と購読=課金のバランスをめぐる問題だ。こうした現状の中でGoogleやFacebookは、「メディア」としての認識の下で対策を講じる必要があるかもしれない(実際に、GoogleやFacebookは有益な記事の配信に対しては金を払え、という声もある。もちろん、何が有益かの判断は難しい)。

 Googleが検索の質を向上させる対策を施したことは前回論じたが、今回論じたように、YouTubeやFacebookも様々な形で健全化のための対策を講じ始めている。ニュースメディアは収益を回復するために購読を目指すが、ネット社会という「公共空間」の中で、多種多様な企業が納得できる形の運営が模索されている。

 また、昨今の日本におけるスキャンダルをめぐる議論の過熱にも、何かしら対策が必要であるようにも思われる。それは制度の変更だけでなく、社会全体、およびそれを構成する個人の心理的な問題でもあるだろう。それらの点については稿を改めて論じたい。

  
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