ネット炎上のかけらを拾いに

2018年2月2日

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「私刑」をけしかけてきた文春が「私刑」された

 こうなってくると気になるのは、今後、この騒動の余波が収まらぬ中で文春もしくは他の週刊誌が不倫を報道したとき、世の中はどのような反応をするのかである。「小室さんの不倫報道はダメだけど、○○ならいい」、そのような線引きが始まるのだろうか。

 “ベッキーの不倫は、これまで「いい子」を演じてきたタレントの醜聞だから面白がれた”“小室の場合、妻を介護する日常の中で起こったことであり、天才と言われたアーティストが「こんなこと」で引退するのは忍びなく、面白がれない”

 大衆の、そのときの感覚によって、「私刑」しても良いかどうかが決まる。この流れのきっかけをつくってしまったのは文春だ。そして今回のように、風向きが突然変わり、文春自身が「私刑」に遭うことがある。

 騒動後、文春の新谷学編集長は、カンニング竹山との対談の中で、ベッキーへのバッシングについて「予想できなかった」「かわいそうだと思った」と語った。この対談をAERAで振り返ったベッキーと同じ事務所である竹山は、「事前に用意してしゃべった言葉だろうなとは思いました。でも、報じた立場ならそう言うしかないよなとも思いましたね」と冷静に分析している。参考:カンニング竹山が週刊文春編集長との対談で感じた違和感(AERA)https://dot.asahi.com/dot/2018013100014.html

今後の不倫報道は変わるのか

 また、竹山は週刊誌のスクープを引用して報じるだけのテレビについて「ニュースをパクって火を付けて、油を注いで大騒ぎにしちゃった」と批判。さらに、「記事を読んでもいないし、その雑誌を買ってもいないのに、テレビで引用されるものを見て『ああでもない、こうでもない』って騒ぎ立てたのは我々視聴者であって、世間じゃないか」と続けた。

 人のプライベートに土足で足を突っ込む週刊誌、そしてその騒ぎを大きくするマスコミやネットメディアは批判されてしかるべきだが、その批判からはそれを面白がってきた視聴者も免れない。これはウーマンラッシュアワーのネタと同じ示唆である。

 ネットで誰もが発信できる時代、大手メディアは以前ほど絶対的な存在ではない。今回の文春バッシングのように、受け取り手である「大衆」は、「No」をメディアに突き付けることができる。ただしそのバッシングが権力ではなく、ただ不倫をしただけの有名人に向けられてきた過去について、どのように考えている人が多いのだろう。今後の不倫報道はあるのか、またそれについての反応を注視したい。
 

  
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