補講 北朝鮮入門

2018年2月13日

»著者プロフィール
著者
閉じる

澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、前ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15年5月から論説委員。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著『LIVE講義 北朝鮮入門』(10年、東洋経済新報社)を大幅に改訂した『新版 北朝鮮入門』(東洋経済新報社)を17年1月に刊行予定。

「周囲が異常に神経を使っていた」

 富裕層の住む地域ではないといえ、兄弟が住んだマンションは比較的新しい低層(3階建て)の高級マンションだ。エレベーターの両脇に各階1戸ずつ住戸があり、エレベーターの手前にロックのかかるエントランスがある。そうした構造が続く横長の建物だった。

 北朝鮮は当時、マンションの一番端に位置するエレベーターを使う6戸(各階2戸で3階分)を買い占めた。ロック付きエントランスの内側全体を占有することで、一つの豪邸としたのだ。正恩氏の親友だったジョアオ・ミカエロさんは私の取材に、「(6戸のうち)一つがウン専用だったけど、彼は、他の部屋もよく使っていた。1階の部屋にはサウナがあって、一緒に入ったこともある」と話した。世話役の大人がいつもいたが、よく入れ替わったので、いったい何人いたのか見当がつかなかったという。

 当然ながら、こうした特別待遇を受けていたのは与正氏も同じである。学校関係者によると、与正氏の入学手続きは北朝鮮大使館が行った。兄2人と同じように「北朝鮮大使館員の娘」として登録されたものの、学校への送迎は複数の女性が交代で担当した。当時在籍していた教師は「周囲が異常に神経を使っていて、ちょっと腹をこわしたらすぐに病院へ連れて行くような過保護の状態だった」と話した。

「独裁者の子供でも自由にさせるスイス流」

 中立国スイスは、どんな国の人間でも受け入れる。スイス外務省高官は当時の取材に「入国拒否されるのは国際テロ組織、アルカイダのメンバーくらいだ」と話した。今ならばイスラム国(IS)も対象になるだろうが、その程度ということだ。まして子供が勉強のために来るというなら問題になどされない。ジュネーブに駐在する外国情報機関関係者は「たとえ独裁者の子供でも、本人が問題を起こさない限りは自由にさせるのがスイス流。情報機関も、所在確認程度しかしないようだ」と話す。

 それでも正恩氏や与正氏のように公立学校への留学というのは珍しい。スイスの寄宿制学校などで作る私立学校協会「スイス・ラーニング」のクリバーズ理事長は当時の取材に「外国指導者の子供が公立校に通ったなんて聞いたことがない」と首をひねっていた。

 正恩氏の留学時代を知る人々の証言では、少なくとも学校内では周囲から特別扱いされるようなことはなかった。ぜいたくな生活ぶりを驚かれることはあっても、友人たちとは普通の付き合いをしていたという。与正氏にしても教師が「過保護だ」と眉をしかめたということは、学校では特別扱いしなかったということを物語っているのだろう。

 与正氏は放課後に楽器とバレエのレッスンを受けていたというが、そこでも「普通の子」としての待遇を受けた可能性がある。北朝鮮国内でずっと「お姫さま」として育てられるより良かっただろうと思うのだが、それが人格形成にどれくらいの影響を与えたのかは不明である。
 

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る