チャイナ・ウォッチャーの視点

2018年3月12日

»著者プロフィール
閉じる

高田勝巳 (たかだ・かつみ)

株式会社アクアビジネスコンサルティング代表

株式会社アクアビジネスコンサルティング 代表取締役。拓殖大学で中国語を専攻し、1984年より1986年まで中国の遼寧大学、北京大学での留学を経て、1987年に当時の三菱銀行に入行。1993年より同行上海支店開設のために上海に赴任。1998年に同行を退職後、上海で独立し、それ以来上海を拠点としたコンサルタントとして活躍。2002年より現職。この間、多くの日中間のビジネスにコンサルタントとして関与、最近は日系企業の顧客以外にも中国企業の対日投資並びに技術導入も支援している。中国の第一財経テレビ、香港のフェニックステレビの時事討論番組のコメンテーターとしても活躍している。

 これは、モンゴルの事例からの全くの先生の類推(エビデンスはない)であるが、中国が米国の対ソ牽制優先の親中派に経済援助を依頼し、受けた米側は大平首相に依頼したのではないか。とすれば、中国は米国に感謝するが、日本には感謝しない、というモンゴルと同じ発想は十分ありうる話。なお、先生は、状況証拠から見て確度は相当高いと見ていると。

 高田はどう思うかという先生の問いかけに対し、私の回答は以下の通り。

  1. なるほど、そうであれば、これまでモヤモヤしていたものが、スッキリする。
  2. 多くの中国人とこれまで付き合ってきたが、こちらがしてあげたことに対しては、本当に一生忘れない、場合によっては後世にも語りづぐ義理堅い部分のある中国人のメンタリティーから言って、中国政府の対応は理解に苦しんでいた。「井戸を掘った人を忘れない」と言う諺は、建前だけなのか? 経済成長の要因を中国共産党だけの功績にしたいのか? 個人と政府は違うのか? そんな思いがよぎってきた。ただ、そうした背景があるのであるならば、心からの感謝をしないのも理解できる。

 仮にこれが本当だとすれば、ある意味残念なことではある。きっかけはアメリカからの依頼であったかもしれないが、当時の日本人は、過去の戦争に対する反省もあり、誠意を持って支援を行ったはずであるからだ。産業界も同様で、新日鉄の宝山製鉄所に対する支援も先人たちのそうした心意気があったと聞いている。また、国として、国民の税金を外国の支援に使うのであれば、政策としての費用対効果は考えてもらわないという気持ちもある。

 中国は、日本の経済援助について感謝しないと公に言っているわけではないが、日頃、中国政府もあまり積極的には触れないし、中国国内でもそもそもそうした事実があったことを知らない人も多い。最近でこそ、識者のブログなどで日本の経済援助が中国の経済発展にどれだけ寄与したかということを具体的な統計デーアを基に分析しているのを目にすることがあるが、中国政府から積極的な評価を聞いた覚えば私にはない。首相として国交正常化を行った田中角栄氏や民間人として日中関係の改善に尽力した岡崎嘉平太氏のような個人を評価、感謝する声はよく耳にするが。

 ただ、よくよく考えれば、私個人としては、どちらでも構わないと思っている。支援は、相手に感謝されることが目的ではなく、支援すること自体が目的と思うからだ。まして、日本が支援したから感謝しろというのはおこがましい話だ。仏教の教えであるお布施とはそういうことであろう。お布施と思えばいいではないか。日本の支援によって中国の経済の発展と人民の幸せに少しでの寄与したのであれば、それでいいのではないか。少なくとも、日本の支援が中国人民を不幸にしたのでなければそれでよし。

 紹興酒の熱燗を飲みながらそんな思いをねぐらせた。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

編集部おすすめの関連記事

関連記事

新着記事

»もっと見る