前向きに読み解く経済の裏側

2018年3月12日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

久留米大学商学部教授

1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

 政府は、裁量労働制の範囲拡大の実施時期を1年延期する模様です。これについては、政府が国会に提出したデータに不備があった事などが話題になっていますが、本稿では今少し本質的な問題について考えてみましょう。

「裁量労働制か否か」より「ブラック企業か否か」

(Digital Vision/iStock)

 裁量労働制とは、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務に適用されるものです。これが適用されると労働者は実際の労働時間と関係なく、労使であらかじめ定めた時間だけ働いたものとみなされます。

 これに対しては「働かせ放題の企業を政府が容認する法律だ」という批判がありますが、労使が合意することが必要なので、もしも本当にそうならば、労働組合が合意しなければ良いだけの話です。合意する場合でも、労働時間の上限を定めた条項を入れておくことも可能でしょう。

 もちろん、企業によっては労組の力が弱くて経営側の言いなりであり、裁量労働制が「働かせ放題」になる可能性もあるでしょう。しかし、そうした企業では現在でもサービス残業が常態化しているかもしれませんし、「名ばかり管理職」が多数存在しているのかもしれませんし、「裁量労働制が採用されても実態は変わらない」のかもしれません。

 「裁量労働制を導入しなければ、サービス残業は労基署の検査で指摘されかねないが、その可能性がなくなるので企業の懸念材料が減る」とは言えそうですが、それは誤差の範囲なのかもしれませんね。

 要するに、裁量労働制であろうとなかろうとブラック企業はブラックなのですから、これを撲滅していくことが必要なのです。幸いなことに、少子高齢化による労働力不足の時代ですから、ブラック企業には働き手が集まらず、淘汰されていくでしょう。裁量労働制のブラック企業であっても結局は市場原理によって「働かせ放題」ではなくなると期待されます。

フリーのライターと雑誌社の社員はどう違うか

 ある雑誌に記事を寄稿するフリーのライターについて考えてみましょう。「原稿を1本を書いて下さい。何時間かけて書いても結構ですが、謝礼は◯円です」と言われるはずです。氏は真剣に書くでしょう。品質の悪い仕事をしたら、次の仕事が来ないからです。自営業者が真面目に働く最大のインセンティブは、次の仕事を得ることでしょう。そのためには徹夜をするかもしれませんが、誰もそれを問題視しないでしょう。

 雑誌社に3年契約で雇われている記者がいるとします。「毎月10本の記事を書くこと。何時間働こうが、君の裁量で結構」と言われたら、氏はやはり真面目に原稿を書くでしょう。3年後に再雇用されたいからです。そのためには徹夜をするかもしれませんが、誰もそれを問題視しないでしょう。

 氏が終身雇用の正社員であったとします。氏の性格にもよるでしょうが、手抜きをして短時間で規定の本数の記事を書き、私生活を思い切りエンジョイするかもしれません。氏には、「まじめに働いて優れた原稿を書かなければ仕事を失う」というインセンティブがないからです。

 これは、会社にとってマイナスでしょう。会社としては、裁量労働制にせず、「1日8時間働け。その時間内で書けるだけ良い記事を10本書け」としておくべきなのです。

 理論的には裁量労働制の社員に向かって「週に100本原稿を書け」という雑誌社もありえますが、そうした雑誌社は記事の質が猛烈に下がって倒産することになるでしょうから、そうした心配は無用です(笑)。

 終身雇用制の下の労働者は「社畜」であって会社の命令に逆らえないから、そうした状況での裁量労働制は「働かせ放題」につながる、という論者は少なくありません。しかし、上記を考えるとそれは反対かもしれません。会社の命令には逆らえなくても、「真面目に働いたふりをしながら手を抜く」ことは可能なのですから、終身雇用制の裁量労働制の方が任期付きの裁量労働制より楽かもしれないのです。

 もちろん、多くの裁量労働制労働者は真面目に働いています。単に真面目だからという人もいるでしょうし、出世したいからという人もいるでしょうし、良い記事を書いて世の中に認められたいから、という人もいるでしょう。しかし、そうした人々が仮に徹夜をしたとしても、それは問題ではないでしょう。したがって、そうした話は本稿の対象外としましょう。

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