佐藤忠男の映画人国記

2011年2月4日

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 三重県出身の映画人には大監督が多い。まず大先輩に鈴鹿郡亀山町(現亀山市)出身の衣笠貞之助(1896~1982年)がいる。大正時代に新派劇の女形から映画スターになり、監督に転じて「雪之丞変化」(1935年)その他の時代劇の巨匠になった。情緒てんめんたる映像づくりでは第一人者であり、絵のように美しく俳優たちを動かした。

 いまや世界的に有名な小津安二郎監督(1903~63年)も、生まれは東京だが先祖に本居宣長のいる飯南郡松阪町(現松阪市)の名門の出で、中学時代を松阪で過ごし、卒業後はその田舎で代用教員もやっていて、郷里の偉い人として顕彰する動きは東京の生地以上に強い。

 宇治山田市(現伊勢市)からは市川崑(1915~2008年)が出ている。はじめアニメーション作家を志し、劇映画の監督になってもいかにもそれらしい才気あふるる奇抜な演出で評判になったが、人道的なテーマでも誠実な作風を見せた。それら両面を合わせた「細雪」(1983年)の成熟度など本当に楽しい。

 アニメーションの監督の高畑勲も宇治山田市の出身だ。「火垂るの墓」(1988年)「おもひでぽろぽろ」(1991年)「平成狸合戦ぽんぽこ」(1994年)などの名作がある。

 藤田敏八(1932~97年)は生まれは北朝鮮の平壌であるが、釜山で終戦を迎え、三重県四日市市に引き揚げて、県立四日市高校を卒業している。東大に進んで演劇活動に熱中し、日活の助監督から監督になった。代表作は「赤ちょうちん」(1974年)か「帰らざる日々」(1978年)か。学生運動が過激化して挫折した1970年代はじめの、何をしていいか分からなくてウロウロしている青年たちを描くと上手かった。

 呉美保(オ・ミポ)は近年続々と現れる若い女性の監督たちのなかでも最も注目されるひとりである。伊賀市の出身で長編第1作である「酒井家のしあわせ」(2006年)は郷里のこの町でのオールロケーションで撮影されている。2作目は「オカンの嫁入り」(2010年)。新しいタイプのホームドラマをつくり出しつつある。

呉美保監督の最新作「サビ男サビ女」 1月15日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷他順次全国ロードショー!
© 「サビ男サビ女」製作委員会

 歌手で映画にもよく出た田端義夫も飯南郡松阪町の出身である。海外への憧れがまだ飛行機でなく船で象徴されていた時代のマドロスものがなつかしい。おなじく歌手から映画に進出した植木等(1926〜2007年)が多気郡荻原村(現多気郡大台町)出身。いいかげんでデタラメな生き方をすすめる「スーダラ節」で一世をふうびしたが、じつはこの人の父親が、戦争中に反戦を主張して刑務所に入ることも怖れなかったお坊さんだった。この父を尊敬して不遇な少年時代を耐え、陽気さを失わないところからあの芸が生まれた。

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